術前に抗がん剤治療を行なうほうが生存率が上がる

実は、切除可能な膵臓がんに対しても、先に抗がん剤治療を行なってから手術をするほうが予後がよくなることが分かっています。日本全国の膵臓がん治療を専門的に行なう医療機関が共同で行なった臨床研究によって、「術前に抗がん剤治療を行なうほうが手術後の生存率が上がる」ということが証明されています。そのため今、日本では膵臓がん治療を専門的に行なう医療機関のほとんどが、術前化学療法(手術をする前に行なう抗がん剤治療)を取り入れています。

それにしても、いったいなぜ、術前化学療法が有効なのでしょうか。その答えはいくつかあります。

本田五郎『膵臓がんの何が怖いのか 早期発見から診断、最新治療まで』(幻冬舎新書)
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ひとつ目の答えは、「抗がん剤の力で転移・再発を防ぐ効果をより高く得られる」ことです。がん細胞が、本拠地を離れて閑静な住宅地の一軒家にひっそりと住んでいたり、スラム街の中で屋根裏部屋をアジトにして暮らしたりしている状況で、急いで本拠地を撤去しても、かくれ潜んでいたがん細胞が生き残って、いずれはそれらがクローンを増やして各地で徒党を組みます。つまり転移・再発が起きるわけです。

そこで手術をする前に、これらの目に見えない、あるいは検査画像に映らないような小さな転移を全身治療でやっつけておくのです。

膵臓の切除手術をすると、通常は最低でも1カ月間くらいは抗がん剤治療ができなくなりますが、手術後に体調がなかなかよくならず、2〜3カ月間抗がん剤治療ができない場合もあります。

抗がん剤治療ができない間、目に見えないあるいは検査画像に映らないような小さな転移は野放し状態になります。手術の影響で体力が落ちる前に、抗がん剤をしっかりと使ってこれらを叩いておくことで、野放し状態を回避しようというわけです。

一度浸潤してしまった場所はがん細胞を切除しても戻らない

いやいや、「抗がん剤がよく効くと膵臓がんの本体が小さくなって取りやすくなるんじゃないのか?」と、思う人もおられるでしょう。たしかに、がんの塊が小さくなったり、時にはがん細胞がほとんど消え去ってしまうこともあります。

しかし、浸潤してきた膵臓がんにいったん占領された場所では、通常は正常な組織が破壊されます。そして、ほとんどの部位で線維化が起きるため、セメントで塗り固められたような状態になっていて、正常な構造には戻りません。

そのため、一度膵臓がんの浸潤を受けた場所は、がん細胞が残っていようといまいと、結局はがんの本体と一緒に切除してしまわなければ収拾がつかないことが多く、術前化学療法で膵臓がんが小さくなったとしても、手術で取りやすくなるとは限らないのです。

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