日本人の2人に1人は、がんになるという。どうしたら、そのリスクを下げられるのだろうか。内科医の名取宏さんは「喫煙や飲酒も危険因子となるが、じつはウイルス・細菌感染が引き金になることがある。十分に気をつけることが重要だ」という――。
治療について話す医師
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予防可能ながん要因の経済的負担1位は「感染」

がんは、日本人の死因トップです。また、治療を受けることによってがんで命を失うことを避けられたとしても、生活の質の低下や治療費などの負担が発生します。誰しも、できることなら、がんになりたくはないですよね。がんの発生には遺伝や生活習慣、環境などのさまざまな要因が関わっていて、必ずしも予防できるわけではありません。でも、じつは予防できる可能性もあることをご存じでしょうか。

2023年8月、国立がん研究センターが「日本人における予防可能ながんによる経済的負担は1兆円超え(推計) 適切ながん対策により、経済的負担の軽減が期待される」というプレスリリースを発表しました(※1)。これによると、がんによる総経済的負担額は約2兆8597億円で、そのうち予防可能ながんの経済的負担は約1兆240億円とのこと。リスク要因別に見ると、もっとも経済的負担が高いのが「感染」で約4788億円、次いで能動喫煙が約4340億円、飲酒が約1721億円でした。

喫煙や飲酒ががんのリスクを高めることは多くの方がご存じでしょうが、感染もまた大きなリスクになることをご存じない人も多いでしょう。そこで、今回は「感染によるがん」について詳しく説明したいと思います。

※1 国立研究開発法人 国立がん研究センター「日本人における予防可能ながんによる経済的負担は1兆円超え(推計) 適切ながん対策により、経済的負担の軽減が期待される

胃がんや胃潰瘍の原因となるピロリ菌

専門家の間では、ウイルス感染や細菌感染ががんを引き起こすことはよく知られています。ウイルスそのものがヒトの遺伝子を変異させたり、細菌やウイルスをやっつけようとした免疫系が正常な細胞にもダメージを与えたりして、発がんにつながるのです。日本人のがんの15〜20%は、感染が原因だとされています。

以前、日本人に特に多かったのが、ヘリコバクター・ピロリ(ピロリ菌)感染による胃がんです。長年、胃がんは日本人の部位別のがん死で1位でした。現在も肺がん、大腸がんに続いて3位と上位に入っています。ピロリ菌が発見されたのは1982年と、わりと最近です。胃酸によって酸性環境になっている胃粘膜に細菌は生息できないと思われていたのですが、ピロリ菌は胃酸を中和する物質を分泌することで胃にも住めるのです。当初、ピロリ菌は胃潰瘍の原因として注目されましたが、その後、胃潰瘍だけではなく胃がんの原因にもなることが明らかになりました。

ピロリ菌の感染経路は、幼少期に不衛生な水を飲むなどによる経口感染が主だと考えられています。上水道が普及することで日本人のピロリ菌の感染割合は減少し、それにともなって胃がんも減ってきています。また、ピロリ菌に感染していても、複数の抗菌薬を内服する除菌療法で9割以上の患者さんが除菌でき、将来の胃がんのリスクを下げることができるようになりました(※2)

※2 Helicobacter pylori eradication for the prevention of gastric neoplasia