歴史の抹殺もある。いい例がウクライナについての記述で、例えばクリミア半島は「昔から」ロシアのもので、その住民の「絶対的多数」は民族的ロシア人だとされている。だがクリミアでロシア人が多数派になったのは占領と「民族浄化」の結果だ。

1944年以降、当時の支配者スターリンは先住のタタール人に「ナチスの協力者」のレッテルを貼り、クリミア半島から追い出して辺境への移住を強いた。推定25万の女性や子供、老人が家畜運搬用の列車に詰め込まれ、中央アジアの各地に運ばれた。その途中、あるいは移住先で命を落とした人も多い。前線でナチスと戦ったタタール人の男たちは武装解除され、強制労働収容所に送られた。

新しい教科書は、この強制移住についてほんの少し触れているだけだ。タタール人の追放後に組織的な入植が行われ、無人になったクリミアの町や村、農地や家屋に民族的ロシア人が住みついた事実は都合よく省かれている。

ゴルバチョフ政権時代の89年には、一連の民族浄化を公式に「スターリン主義者による野蛮な行為」と認めた。しかし、プーチンのロシアは一貫して否定している。今度の教科書でも、政府は移住者に「適切な食事と住居を確保するために最大限の努力をした」とされている。

何もかもが西側の陰謀

60~70年代にかけての反体制運動についてはどうか。一定の検閲があり、息苦しかった事実にはさらっと触れている。しかし悪いのは検閲された芸術家や作家、映画監督や音楽家たちだと論じ、彼らが西側のメディアにこび、「表現の自由」を求めて亡命したせいだと非難している。

ひたすら自国の歴史を美化するだけの教科書だが、とりわけ奇怪なのは64年から70年代にかけてのブレジネフ政権時代へのノスタルジアだ。経済の停滞と過剰な拡張主義でソ連崩壊への道を付けた悲惨な時期だが、今度の教科書では工業化の進展と超大国としての地位向上、そして安定と相対的繁栄の時代として称賛されている。

消費財の慢性的不足で国民のニーズを満たせなかった事実は認めるが、ここでも悪いのは西側陣営で、映画や広告を通じて偽りの「西洋的生活のイメージ」をばらまき、大衆に非現実的な期待を抱かせたとされている。