この教科書を貫くのは、かつての広大なソ連圏の崩壊に対するプーチンの恨みつらみだ。当時のソ連大統領ミハイル・ゴルバチョフが、東西冷戦の終結に当たってソ連の「衛星国」から軍隊を撤収したのは「格別に思慮不足」だったと書いてある。また91年にゴルバチョフ打倒を掲げて決起した強硬派が、当時の民主派を力で抑え込めなかった点にも不満をぶつけている。

全編にわたって強調されるのは、ロシアという国の「見え方」だ。不都合な話題に触れるときは必ず、悪いのはロシア(または当時のソ連)ではないと説き、卑劣な西側諸国がロシアを悪者に仕立てているだけだと教える。

ベルリンの壁の建設もソ連時代の粛清や集団移住も、それがロシアの見え方をどう変えたかという視点で記述される。この世界には自然に起きることなど一つもなく、全ての出来事の裏には何らかの隠された意図がある――そういう陰謀史観だ。

プーチン政権のやること全てを美化して描くこの教科書は、どう見ても暗いロシア経済の先行きと国際的孤立でさえ、明るい未来の先駆けだと説明している。「外国企業が撤退した後には新たな市場が目の前に広がっている」。この教科書は生徒たちにそう告げる。「君たちのキャリアを築き、事業を立ち上げる絶好のチャンスだ。今のロシアにはチャンスがあふれている」

もちろん、卒業後に徴兵令状が来て、どこかの国の焼け野原で占領地を守るためと称して塹壕に放り込まれなければの話だ。しかし戦場に立つ若者は気付くだろう。自分たちが嫌われているのは誰の陰謀でもなく、自国の政府のせいだという事実に。

From Foreign Policy Magazine

当記事は「ニューズウィーク日本版」(CCCメディアハウス)からの転載記事です。元記事はこちら
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