※本稿は、小野寺拓也、田野大輔『検証 ナチスは「良いこと」もしたのか?』(岩波ブックレット)の〈第二章 ヒトラーはいかにして権力を握ったのか?〉の一部を再編集したものです。
笑顔で子どもに接するヒトラー
ナチ体制を支えた決定的な要因は何よりもヒトラー個人の圧倒的な人気であり、彼のカリスマ性を抜きにナチズムを語ることは不可能である。
ヒトラーの人気はあらゆる社会階層で、労働者階級の間でさえきわめて高く、国民投票に示された9割近い支持率は、総統のもとに一致団結する「民族共同体」が単なる幻影ではなかったことを示している。
ヒトラーの「カリスマ性」と言うと、党大会で大衆の熱狂的な歓呼に応じる彼の居丈高な姿を思い浮かべる人が多いだろう。ナチスの宣伝がヒトラーをドイツの救世主、国家の威信を回復した「英雄」として賛美していたことは事実であり、当時のドイツ人のなかにもそうしたイメージを真に受けて、彼の姿に「神の化身」を見ていた者が少なくなかったことは否定できない。
だが近年の研究は、ヒトラーの人気がこうした「英雄性」にのみ由来するものだったわけではないことを明らかにしている。民衆と分け隔てなく交流し、子どもたちに笑顔で接する親しげで人間的なイメージもまた、彼の絶大な人気の理由だったのである。このようなイメージの魅力は、現代の日本にまで影響を及ぼしている。
現代の日本人にも影響を及ぼす
そのことを物語っているのが、しばしば繰り返される「ヒトラーにも優しい心があった」という主張である。近年もツイッター上にそうした投稿がなされ、大きな反響を呼ぶという出来事があった。
新聞報道によると、この投稿はヒトラーが少女と笑顔で交流する写真を挙げて「実は優しい心をもっていた」と主張するもので、合計1万3000近くの「いいね」が付いたほか、「ヒトラーさんへの好感度が上がった」「ユダヤ人迫害には別の黒幕がいたのかな」などと同調する反応も多かったという。
ヒトラーを「悪の権化」とする見方が一般化するなかで、一見意外な彼の「優しい心」が多くの人びとに驚きと共感を呼んでいる様子がうかがえる。もちろんヒトラーも一人の人間であり、可憐な少女に優しく接することはあっただろう。彼を狂気の独裁者として悪魔化し、そこにのみ戦争とホロコーストの原因を見出そうとするのは間違っている。
だが逆に、少女との心温まるエピソードだけをもってヒトラーやナチズムの本質を理解した気になるのも問題である。というのも、この「子どもに優しいヒトラー」というイメージはナチスの宣伝が意図的に作り上げ、民衆の共感と信頼を呼び起こすのに利用したものだったからである。