ドイツの女性たちは熱狂していたのか

ところで、子どもに加えてもう一つ、同じような目的から政治的に利用されたグループがある。女性である。パレードするヒトラーの車列に目を輝かせ、歓喜の声を上げ、腕を振り、涙を流す女性たちの映像は、現在でもドキュメンタリー番組などで目にする機会が多い。

「女性は男性よりも熱狂的にヒトラーを支持していた」と信じる人びとは、現在でも少なくない。だがウーテ・フレーフェルトは、ナチスによる「熱狂」の演出の背後に「感情のジェンダー化」というメカニズムが存在していたことを指摘する。

女性と子どもはどのみち感情的な存在であるとされていたため、「ポジティブな感情をおおっぴらに思いのまま見せることが許された。彼女らの感情の爆発と歓喜は、政権とその総統への公衆の支持(と賞賛)を証明するのにおあつらえ向きだったのである」。

一方、ドキュメンタリー映像に映し出される男性の多くは、「隊列を組んで行進し、硬くこわばった表情で揺るぎない決意と献身を表現」している。男性は「感情を抑え情念を支配」し、場合によっては「有能な大量殺戮の道具」となることをもとめられた。こうした「感情のジェンダー化」を効果的に利用したのがナチ体制だった。

「感情のジェンダー化」という固定観念

女性の熱狂的な支持や子どもとの交流を強調することは、男性を主体とするナチスの攻撃性と暴力性をマイルドなものに見せるのに好都合だった。そうしたナチ体制による政治的演出を真に受けてしまうと、「感情のジェンダー化」という固定観念もそのまま受け継いでしまうことになりかねない。

小野寺拓也、田野大輔『検証 ナチスは「良いこと」もしたのか?』(岩波ブックレット)
小野寺拓也、田野大輔『検証 ナチスは「良いこと」もしたのか?』(岩波ブックレット)

もっとも、人びとの熱狂は単なる宣伝で、現実を反映していないと言いたいわけではない。実際、ヒトラーに対するドイツ国民の支持は、老若男女関係なく、非常に大きなものがあった。

問題なのは、その「熱狂」の内実を問うことなく、これをナチズムの「魅力」の証左と受け取ってしまうと、たちまちのうちにナチ・プロパガンダの術中にはまってしまうことだ。

ナチズムを心温まる物語に矮小化することは、その本質から目をそらす危険性をはらんでいる。子どもに親しく接し、女性から熱狂的な支持を受けるヒトラーの姿に心動かされ、共感を覚えそうになるとき、それがナチ体制にとって都合のよい反応ではないかどうか、一度立ち止まって考えてみるべきだろう。

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