「実力以上のプレー」を引き出すために、リーダーはどんな言葉をかければいいのか。2015年ラグビーW杯で日本代表を率いたエディー・ジョーンズHCは「選手を怒鳴りつけて鼓舞する方法は時代遅れだ。準備万端なら、リーダーはチームを納得させられる。話はシンプルでいい」という――。

※本稿は、エディー・ジョーンズ『LEADERSHIP』(東洋館出版社)の第7章「対立があるのは健全なこと」の一部を再編集したものです。

サモア戦に向けた練習を見守る日本代表のエディー・ジョーンズ・ヘッドコーチ(右)=2015年10月1日、イギリス・ウォリック
写真=時事通信フォト
サモア戦に向けた練習を見守る日本代表のエディー・ジョーンズ・ヘッドコーチ(右)=2015年10月1日、イギリス・ウォリック

試合当日のエディー・ジョーンズのルーティン

ここでは、試合当日の準備やドレッシングルームでのスピーチをはじめとする、リーダーの現実的な事柄を中心に取り上げようと思う。多くの人が抱く美化されたイメージより地味で実際的な事柄で、リーダーシップ・サイクルの「勝利」のステージの運用面にすぎない。

試合当日、私は5時半くらいに早起きし、時間をかけてトレーニングする。普段より少しハードにやる。それからたいてい長めにスチームバスに入り、基本的に9時ごろには脱力状態になる。そうなると緊張が入り込む余地はどこにもない。

それからコーヒーを飲みに出かけるか、部屋に戻ってお茶を飲んでから、試合のメモをもう一度見直し、選手やコーチ陣一人ひとりについて自分の考えを整理する。チームで午前中にミーティングをし、私の基本方針を全員と共有する。正午ぐらいから部屋に戻り、静かな時間を過ごすのが常だ。

何であれそのとき夢中になっている本を読み、その日の思考パターンに役立ちそうなインスピレーションが湧く箇所があればさっとメモを取る。再び皆で集まってスタジアムに向かう前に、もう一度スチームバスに入って心を落ち着ける。

念入りに準備を進めてきて、態勢は整ったという感触があるから、私は実にいい調子だ。自分の感情をコントロールし続ける方法も身につけている。

選手たちを前にして平常心でいることが何よりも大事だ。

ラグビーファンは試合前のチームの様子を誤解している

多くのラグビーファンが、大きな試合を目前にした現代のドレッシングルームの様子に誤った印象を抱いているように思う。その原因は『ライオンズの素顔(仮題/Living with Lions)』と題するビデオによるところが大きい。

1997年に行われたテストマッチシリーズ南アフリカ戦を控えたブリティッシュ・アンド・アイリッシュ・ライオンズのドレッシングルームにカメラが入った。見る分には面白いビデオだが、2020年代のイングランドのドレッシングルームの落ち着いた雰囲気にはほど遠く、1970年代、1980年代のアマチュアラグビー最盛期の様子にはるかに似ている。

ここで留意すべきなのは、1997年にライオンズが南アフリカを破ったとき、リーグはプロに転換してからまだ1年しか経っていないということだ。ジム・テルファーが行ったような感情に訴える熱のこもったスピーチが一般的だった。アマチュア時代にはコーチがプレーヤーと過ごす時間は今よりずっと短く、試合数も少なかったから、チームをたきつける必要があったのだ。