大金星を挙げた南アフリカ戦の「直前スピーチ」の内容
私も2つのワールドカップ準決勝でメッセージを実にはっきりと伝えることができた。2003年にオーストラリアと、2019年にイングランドと臨んだ試合でともにニュージーランドを破ったときだ。オールブラックスを倒すには何が必要か、選手たちが正確に理解できるようにした。ワラビーズには、とにかく相手の裏をかき、ボールを確保し続けて相手に渡さないようにと言い、2019年のイングランドには相手を攻め、試合をコントロールすることに集中しろと伝えた。
2015年のワールドカップで、日本が南アフリカを破ったときの試合前スピーチもシンプルだった。小柄なチーム対大柄なチーム。注目されていないチーム対優勝経験チーム。それが選手たちの心に響き、彼らは決意を固めた。実力以上のプレーをさせることができれば、素晴らしいスピーチだと言える。
2003年のオーストラリア対ニュージーランド、2019年のイングランド対ニュージーランド、2015年の日本対南アフリカ、これら3試合はラグビー史上でも燦然と輝いている。どの試合も勝てるとは誰も思わなかったからだ。我々は実力以上のプレーをしなければならなかったが、そのときこそ、本当にうまくコーチできたと実感できる。というのも勝利に導いたのは実際にはスピーチのおかげではなく準備が結果に表れたからである。
コーチの仕事は選手の重圧を軽くしながら集中力と意識を高めること
だから、試合の前にたいてい、私があまりとやかく言わないのは、もう準備は始まっているからだ。準備は万事整っている。試合前には念のため、重要なポイントをただ伝えればいい。
ハーフタイムでも同じだ。プレーヤーは尋常ではない重圧を感じ、肉体的にも疲れている。休憩時間にドレッシングルームに戻ってきたら、体力を回復し、気持ちを落ち着けさせてあげればいい。コーチ陣は、ほかの選手が飲み物を飲み、腰を下ろして短い休息を取るあいだ、ベテラン選手と簡単に情報交換し、後半戦を戦い抜くための最上の戦略を一緒に考える。ここが昔と比べずいぶん変わったところだ。
チームを怒鳴り散らす独裁的な古いタイプのコーチはもはや機能しない。コーチが望むのは、選手の重圧を軽くしながら集中力と意識を高めることだ。コーチがハーフタイムで試合の流れを変えるという考えはもはや時代遅れだ。コーチとプレーヤーとの協力体制こそがはるかに重要である。一緒に戦うべきなのだ。
2019年のワールドカップのとき、ニュージーランド戦を前にしたイングランドの選手たちに、私はただいつもやっていることをやり続けるようにと念押しした。飽きてはダメだ。リードしていると、かつてのハーフタイムでの我々のように、楽にプレーしたい誘惑にかられるかもしれない。
だが、我々は厳しいプレーを続けると決めた。懸命にまっすぐ走り続け、激しく精力的に守り続けた。そのときのハーフタイムの話は鼓舞するようなものではなかった。言うまでもない。私は“準備万端なら、リーダーはチームを納得させられる”という真理の何たるかを改めて知った。