南アフリカ代表に戦争の歌を聴かせた結果
2007年のワールドカップで南アフリカが優勝したときアシスタントコーチだった私は、強烈な瞬間を経験したことを思い出す。前回大会の覇者であるイングランドとの開幕戦に向けてホテルを出発する前に、ヘッドコーチのジェイク・ホワイトがスピーチをした。なかなかいいスピーチだったが、私のやり方に似て過度に感情に訴えるようなものではなかった。私は思った。「なるほど、南アフリカもオーストラリアと同じなのか」。
ところが、すぐにマネジメントチームのひとりが立ち上がり、南アフリカには新しいヒーローが必要だと鼓舞する口調で訴えた。その場にいたら、部屋じゅうにエネルギーがあふれるのを感じただろう。高揚させるスピーチに選手たちはすっかり心酔していた。
その後、バスでスタッド・ドゥ・フランスに向かった。パリの街を一行は黙々と進んでいたが、アリーナまで5分というところでアフリカーナーの歌がかかった。それはボーア戦争〔訳註:南アフリカの支配をめぐる英国とボーア人、別名アフリカーナーとの戦争〕の歌で、イギリス人がどれだけ多くのアフリカーナーを殺したかという歌詞だった。バスのなかの緊張が高まり、変化が起きたのがわかった。選手たちの、特にアフリカーナーの若者たちの表情に本気がみなぎった。そして、スタジアムに着くと、36対0でイングランドを打ちのめしたのだ。
長いスピーチの代わりに水風船を投げつけた
選手たちの闘志をうまく高揚させれば、信じられないほどの効果を発揮することができる。だが、この方法を使うには、適切なとき、適切な瞬間を見極める必要がある。アフリカーナーの歌を仕組んだスポーツ心理学者は本当に利口で、ことあるごとに、選手を刺激して相応しいストーリーをつくる、ちょっとしたきっかけを目ざとく見つけた。
私はこの手法をイングランドにはなるべく使わないようにしていたが、2016年に行われたテストマッチシリーズ、オーストラリア戦3戦目のときのことは鮮明に覚えている。シドニーのドレッシングルームで水を満タンに入れた風船を手にしていた。キックオフまで約80分、選手たちは私の試合前のスピーチを聞く態勢になっていた。私は長い話を始める代わりに、水の入った風船を壁に投げつけた。バシャッと大きな音を立てて弾けると、水がどっと噴き出し、空になった風船はゆっくりと床に落ちた。
「ほら、これがオーストラリアの闘志だ」と、私は言った。
ワラビーズは自国開催のシリーズを何としても0対3で終えるわけにはいかないはずだ。闘志をむき出しにして向かってくるだろう。我々はしばらくすさまじい猛攻撃に立ち向かわなければならないが、やがてその闘志は、壁の上で乾いていく水のように消えてなくなる。