犯罪者の家族
2年後、小5になった幕内さんは、ある晩、母親から、「もうすぐ継父が帰ってきて、一緒に暮らす」「彼は幕内さんの本当の父親ではない」ということを聞かされた。そのとき妹は小2。妹はその話を、布団の中で聞いていた。
やがて継父が出所し、再び一緒に暮らし始める。まともな暮らしができたのは1カ月ほどで、その後はまた荒れた生活に逆戻りだった。母親にお金の無心をしては、ギャンブルに注ぎ込み、母親がお金を渡すのを拒むと激しいケンカになる。
「夜に一度、私が一人外に出て、『誰か助けてー! 殺されるー!』と大声を上げながら近所を走り、助けを求めたことがありましたが、誰も家から出てきてくれませんでした。私は祖父母とそれほど親しくはなく、頼ろうとは思いませんでした」
しばらくすると母親は、継父が帰ってきても家に入れないことを決意したようだ。母親は妹だけ自分の実家に預け、幕内さんはそのまま家に残す。家中の雨戸を閉め、窓も閉め切り、継父の帰宅を待った。
8月の熱帯夜だった。貧しい幕内さんの家にエアコンはなかった。うだるような暑さの中、深夜にドアや雨戸をドンドン叩く音と、継父が「入れろ! 鍵を開けろ!」と怒鳴る声が聞こえる。暑さで幕内さんは眠れずにいた。
やがて、締め出されていら立った継父は、外から「おい! マッチをよこせ!」と怒鳴った。
思わず母親が、「マッチで何をするの?」とたずねると、「マッチで火をつけてやる!」と叫ぶ。
もちろん母親がマッチを渡すはずも、鍵を開けるはずもなかったが、部屋の奥の方で幕内さんは震え上がった。
激しく怒鳴ったり、ドアや雨戸を叩いたりした継父は数時間後には諦めたのか、静かになった。締め切った部屋の中で、汗だくになりながらも、いつしか眠っていた幕内さんは、翌朝、朝食を食べようと炊飯器を開けると、中のご飯が一晩で腐って臭っていることに気付いた。
「なぜ私も、妹と一緒に実家に預けてくれなかったのか……。大人になってから母に聞きましたが、『あの子(妹)はまだ小さかったから』という答えでした。それを聞いて、『8歳は小さくて、11歳は大丈夫なのか?』『どうして私だけ、こんな怖い経験をさせられなければいけなかったのか?』と思いましたが、聞いても無駄だと思い、聞きませんでした」
幕内さんの小学校卒業間近、ついに母親は継父と離婚。中学校には、母親の苗字で通い始めた。
「継父の苗字が珍しい苗字だったので、離婚は、“犯罪者の家族”ということを悟られないためでもありました……」