お2人の抱擁が示したもの

この時、終始、眞子さまのお味方であり続けられたのは佳子殿下だった。それを象徴したのが、令和3年(2021年)10月26日、眞子さまのご結婚当日に御仮寓所(当時)の玄関前で、両手を大きく広げて抱擁された場面だろう。

佳子殿下はあの場面が、テレビカメラを通して全国に放送されることを自覚されていたはずだ。その上で、秋篠宮家として祝福できないご結婚であっても、少なくともご自身だけは姉のご結婚を支持し、心からお祝いされるという姿勢を鮮明にされた。

江森敬治氏の『秋篠宮』などを読むと、眞子さまのご結婚をめぐり、それまで極めて仲の良かった父親の秋篠宮殿下は、あくまでご自身が皇嗣であり、筆頭宮家の当主であられるという公的なお立場を優先されて、ご結婚を突き放した立ち位置におられたように拝される。

一連の儀式を取りやめられたご判断も、その延長線上にある。

これは、父親としてかなりおつらいご判断だったと拝察される。母親の紀子妃殿下もそれに歩調を合わせられた。

これに対して、佳子殿下はご自身の姿勢をあの抱擁によってはっきりと示された。

「皇室に残るつもりはない」

そうした経緯を振り返ると、佳子殿下がお一人暮らしという選択をされた理由も、ある程度は想像できる。それは秋篠宮邸の改修工事が着手された当時には予想されていなかったはずだ。

『文藝春秋』9月号に秋篠宮家関係者の興味深い証言が紹介されている。

「佳子さまが、独り暮しを選択されたのは、ご結婚をして、皇室から出たいということを明確に意思表明されたことに他なりません。現在は具体的な縁談が進んでいるわけではないようですが、もはや皇室に残るつもりはないと」

佳子殿下がご結婚によって皇室から離脱を願っておられるらしいことは、以前から報じられていた(たとえば『文藝春秋』令和3年[2021年]12月号)。それに加えて、眞子さまのご結婚をめぐる経緯の中で、外部からのすさまじいバッシングと宮家内の齟齬そごなどによって、そのお気持ちをより強められたという事情があったのではないだろうか。

自由・権利を制約される皇室

皇室の方々の場合、国民の自由や権利を保障する憲法第3章(国民の権利及び義務)が全面的には適用されない。これは、憲法の一般原則を定めた第3章よりも、その“例外規定”である第1章(天皇)の方がより優先して適用されるためだ。

憲法において、天皇は「日本国の象徴」「日本国民統合の象徴」であり(第1条)、その地位は「世襲」(第2条)とされる。天皇以外の皇室の方々もまた、一定のグラデーションをはらみながら、天皇に準じた立場と見なされる。

今のルールでは、男性なら皇位継承資格を持ち、女性でも皇后や内親王・女王などは天皇の国事行為を全面的に代行する「摂政」に就任したり、期間限定で国事行為の臨時代行を務めたりする可能性があるし、妃殿下方も社会通念上、その配偶者と一体と見られるのを避けにくいからだ。

よく晴れた夏の日の二重橋
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