「人材」が人として見られていない

この短いやり取りを通して、あのスチューワードが仕事で責任を負う以上のこと、権限以上のことができることは明らかだった。だが、彼のようなケースはまれではない。

企業は「優秀な人材」を集めるには時間もリソースもかかると嘆く――「人材獲得競争が起きているぞ!」と。だが多くの場合、人材はすぐそばにいるのに、ふさわしい役割を担っていない。なぜならその“人材”または“人的資源”が人として見られていないからだ。多くの労働者は画一化され、分業化されて、ラベルの貼られた箱に詰められて、決められた進路を進むことになる。その進路から逸脱するケースはまれだ。

一度給仕の仕事に就いたら管理職にはなれない。一度管理職になったら営業担当者にはなれない。一度営業担当者になったら技術者にはなれない。

わたしたちAPS(注1)は、複雑な構造を持つグローバル企業と連携して働いている。そうした組織では、権限の範囲を超えて働くのは簡単ではなく、さまざまな規定を調整する必要があるうえに、膨大な数の従業員がいる。このような官僚主義的な構造のなかでは、労働者を人として認識するのは簡単ではないかもしれない。

だが、新型コロナの危機以降、労働者は人間らしく扱われるようになった。将来栄える企業は、この傾向に従うと共に、人材を柔軟に異動させてさまざまな役割を担わせ、これまでとは違うやり方で進化する必要があるという事実を受け入れる企業だろう。こうした戦略の再考が必要なのは、マッキンゼーが行った最近の調査(注2)でも明らかだ。同調査によると、2016〜2030年の間に世界中で7500万〜3億7500万人もの労働者が、職種の枠を超えて仕事を探さなければならなくなるという。

(注1)著者が創業したコンサルタント会社「APSインテリジェンス」
(注2)Manyika, J., Lund, S., Chui, M., Bughin, J., Woetzel, J., Batra, P., Ko, R.&Sanghvi, S.(2017)Jobs lost, jobs gained: What the future of work will mean for jobs, skills, and wages.[online]McKinsey.

知らない間に従業員が自動販売機になった気分になる

人間が貢献できる範囲を定める古くて厳格で、時に暗黙に決められている境界線は、イノベーションの理想や破壊的な変化をもたらす思考とは対極にある。境界線はパフォーマンスを低下させ、人々をみじめにする。ルーズルーズでしかない。

わたしが協働している組織のほとんどが、自動化や人工知能の開発を進めており、自社のプロセスやテクノロジーを人間らしくしようとしている。その間にも多くの組織では、知らない間に、従業員がロボットになったような気持ちを抱くようになる。自動販売機になったような気持ちになるのだ。クルーズ船で出会った、あの若いスチューワードと同じように。