「ブラック企業」の社員はなぜ理不尽な命令にも従ってしまうのか。組織心理学者のジョン・アメイチさんは「そうした企業は従業員を『自動販売機』のように扱っている。人間性や個性が失われ、いつしか顧客にすら理不尽な態度を取るようになる」という――。(第3回)

※本稿は、ジョン・アメイチ『巨人の約束 リーダーシップに必要な14の教え』(東洋館出版社)の一部を再編集したものです。

ロボットが作業
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クルーズ船で出会った給仕係

先日、クルーズ船で企業のリーダーシップに関するカンファレンスが開催された際に、わたしは講演を行った。講演の翌日、朝早くに誰かが船室のドアをノックした。ドアを開けると、そこには紅茶をお盆に乗せたスチューワードが立っていた。親切にもわたしのために持ってきてくれたようだ。

前日の講演で、わたしが紅茶好きで早起きだという話をしたのを聞いたのだろう。講演で言い忘れていたが、朝起きてすぐのわたしは少々機嫌が悪い。そんなわけで、最初わたしはうつろな目で困惑した表情を浮かべていたに違いない。部下が有意義だと勘違いして何かをしたとき、リーダーは時にそんな反応をするものだ。部下を見てとりあえず何かを言う。「ええと……。わかった。ありがとう」

わたしはお礼を言い、さっさと紅茶を受け取ってドアを閉めようとした。すると彼の視線がわたしを通り越して、部屋のなかへと移った。恥ずかしながら、前日わたしが行った講演がテレビに映っていたのだ。わたしは慌てて言い訳した。いつもは6時半に起きて自分の動画を見たりはしないが、前夜にメアリー・ポータスの基調講演を視聴しているうちにうたた寝してしまったんだよ、と。

彼はうなずき、「そうですか。わたしたちも船室のテレビでカンファレンスの動画を見られるんですよ」と言った。

彼が発した「わたしたちも」という言葉には含みがあった。あきらめの感情とでも言おうか。個人としてではなく、まるで目に見えない底辺層の名もなき代表としてしゃべっているかのようだった。逆に言えば、彼は利己的な目的のために来たのではないということだ。集団的な洞察を共有するために、代表としてわたしのところへやって来たのだ。