そこへ名参謀の児玉源太郎が派遣されていく。作戦の問題点を見抜いた児玉は、ロシア軍のトーチカを破るには、はるか東京湾のお台場から運ばせた「大砲のばけもの」28サンチ榴弾砲を203高地付近へ移動させ、至近から砲撃を加えるほかない、という結論に至る。

だが、それは「砲兵の常識からいえば、まるで不可能のことであった」と司馬遼太郎は書いている。幕僚からは反対論が百出する。しかし児玉は、ひるむことなく「24時間以内に重砲の陣地転換を完了せよ」と命じる。そして結局は、児玉の作戦転換によって、難攻不落の203高地はわずかの期間で陥落するのだ。

私は、これこそが経営のすべてだと感じた。いまもそう思っている。

熟慮断行。断じて行えば勝つ。それ以外に勝つ見込みがないという条件なら、味方全員が反対しようと、万難を排して実行する以外ないのだ。

1980年に、1杯150円(当時)の低価格コーヒーチェーン「ドトールコーヒーショップ」を始めた。その後の主力業態である。しかし、当時はコーヒー焙煎・卸に加え、1杯300円ほどの従来型の喫茶店「カフェコロラド」を展開していた。

低価格チェーンを始めれば、従来の取引先はみな反発する。単価が安いので利益も出ない。やめたほうがいい。信頼できる友人もそうアドバイスをしてくれたし、社内も反対一色である。

しかし、低価格チェーンに進出しなければ、カフェコロラドをはじめとして社業は必ず行き詰まると私は考えていた。コーヒー豆の相場高騰や地価高騰により、1杯のコーヒーも値上げせざるをえない時代が続いた。その一方、オイルショック後の可処分所得の低下で、サラリーマンも負担なく手軽に飲めるコーヒーを求めている。だから、やるしかない。私の考えはシンプルだった。

商売と戦争とは違う。しかし、あのとき勝負に出ていなければ、売り上げ2位、利益1位のコーヒー会社に成長することはなかったはずだ。これもまた、本に学んだ大切なことだといえるだろう。

※すべて雑誌掲載当時

(面澤淳市=構成 的野弘路=撮影)
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