ケース7、ミホの母で親の眼科医院をみずから継いだキョウコ

キョウコはミホの母です。眼科医院の3代目院長ですが、順当に病院の跡を継いだわけではありませんでした。キョウコには2人の姉がいます。両親に「お前たちの誰かは、眼科医と結婚して婿養子をとるように」と言われて育てられてきました。そのことに強く反発したキョウコは、「自分がこの病院を継いでやる」と決心します。しかし、「医学部に行きたい」と両親に言ったときも、「女にそんなのは必要ない。それよりも花嫁修業しなさい」と言われる始末です。

医者
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キョウコは戦略を練りました。「優秀な医者を捕まえて結婚するためには、自分にもある程度の学歴は必要だと思う」と両親を説得し、高校は県内でもトップクラスの進学校に進みました。高校でも猛勉強をして、両親には「記念受験」と称して、医学部受験を目指します。友達との交流ももたずに本当に血のにじむような努力をして、医学部の合格を勝ち取りました。その代償か、中学時代も高校時代も、キョウコには友達が1人もできませんでした。でも、合格すると、両親も医学部への入学は認めてくれ、入学金も学費も払ってくれました。

ところが、医学部に通い始めてから気づいたのですが、医学の講義は全然おもしろくありません。キョウコは、血や臓器を見るのが苦手で、解剖の実習のときなどは嘔吐おうとしてしまうほどでした。考えてみれば、両親への反発で医学部に入ってみたものの、本当に自分は眼科医になりたかったのか、疑問に思ってしまうのでした。

女性への差別を乗り越えたが、実は血を見るのが苦手だった

<解説>

2018年に、女子受験生を不当に差別する医学部不正入試の実態が明るみに出ました。複数の医学部が、女子受験生の入試の点数から、こっそり一律減点していたという事件です。そこまでして女子を医師にさせたくないのか、と驚いた人も多かったと思います。

キョウコは一世代前の子どもでした。その時代には今よりもひどい性差別が家庭の内外でありました。キョウコには強い反骨精神があり、知恵を働かせて、自分で眼科医院を継ぐことに成功します。でも、キョウコは眼科医になることで、幸せになれたのでしょうか。

金銭的に困窮することはなさそうです。でも、それが自分の「好き」とつながっているかと言うと、難しいように思います。キョウコは親の理不尽さを打ち負かしましたが、それによって得た満足で、苦手なものを見続ける残りの人生を支え続けろ、というのは酷な気がします。

もし、娘たちの誰かが眼科医院を継いでも継がなくてもかまわないから、自分で好きなことを見つけなさいと言われて育っていたら、キョウコはどんな人生を歩んだでしょうか。理不尽さが嫌で、交渉ごとの得意なキョウコですから、法曹の仕事に就いていたかもしれません。子どもがいたとして、その子どもの目標を勝手に定めることもなかったのではないでしょうか。するとキョウコのケースでも、親が、本当に自分がしたいことを探させてくれなかったというところが、ハズレガチャに相当すると思います。