経血は汚染物質だとみなされていた

古代と中世において、こうしたホルモンの乱れは十分理解されていたとはいえない。ギリシアの名高い医者であるヒポクラテス(紀元前460頃~370頃)やガレノス(129頃~200頃)のような、強い影響力を持つ思想家たちは、人体を四体液説にもとづいて理解していた。

4つの体液(黒胆汁、黄胆汁、粘液、血液)は、人の性格や「気質」――ここからさまざまな性質を形容する憂鬱ゆううつ質(メランコリック)、胆汁質(コレリック)、粘液質(フレグマティック)、多血質(サンギーヌ)という言葉が生まれた――を決定するだけでなく、ホルモンの乱れは病気を引き起こすと考えられた。

一般論として、内臓は、「過度に熱くなったり冷たくなったり、湿ったり乾燥したりする場合がある」とされたのだ。その主な治療法は、体の本来のバランスを取り戻すことを目的とした食事療法や瀉血しゃけつだった。

ヒポクラテス以降の伝統思想によると、男は熱く乾燥しており、これは暴力的な気質につながるが、同時に排尿、排便、発汗、鼻血、ひげ、そして太い血管を通じて、体に不要な不純物を効率的に排出できる。

一方、女は冷たく湿っているため、鼻血が出ず、ひげも生えず、血管は細く、そして男ほど食物をよく消化しない。そのため、不用物の排出には、子宮を経由するよりほかないとされた。しかし体が排出するということは、その排出物は体にいいものではないということで、要するに明らかに危険だということではないか?

こうした考えは、宗教教義にも影響を及ぼしたようだ。旧約聖書の『レビ記』第15章には、体からの排出物は不浄かつ不潔だと記されている。また正統ユダヤ教の法典ハラハーは、生理中の女性は、1週間白いシーツの上で眠り、それから聖なるミクヴェ(水槽)で沐浴もくよくしたあとでなければ性行為を行ってはいけないと命じている。同じような戒律が、イスラムやヒンドゥー教の一部の宗派にも存在する。経血は、不快なものとみなされただけでなく、汚染物質だと広く理解されていたのだ。

古代ローマ人の経血への誤解

経血に対する恐怖について最も途方もない主張を繰り広げたのは、博識なローマの博物学者大プリニウスだ。紀元79年にヴェスヴィオ火山が噴火したとき、みんながそこから逃げ出しているのに1人だけ向こうみずにも火山に近づいて死んだこの男は、経血とは化学物質の投棄場からにじみ出る毒物のようなものであると述べ、次のように説明した。

「(これに触れた)新酒は酸っぱくなり、農作物は実らず、接木は枯死し、庭に蒔かれた種子はひからび、果物は果樹から落下し、金属の刃は切れ味が悪くなり、象牙の光沢は失われ、蜂は巣のなかで死に、青銅や鉄でさえただちに錆びつき、空気は恐ろしい悪臭に満たされる。これを口にした犬は発狂し、噛みついたものを治療不可能な毒に感染させる」。

もしこんなイカれた奴が電車で君の隣に座り、妹の生理のせいで蜂の巣が全滅した、なんてささやきはじめたら、君は絶対に席を変えるだろうね。