娘の言葉
夫の不倫が発覚した頃、都内在住の大学生の長女はコロナでオンライン授業だったことや、夏休みに入る直前でもあったため、日向さんを心配して北関東にある自宅に戻って来てくれていた。夫が逃げ出す直前、不倫を認めず日向さんに逆ギレする夫に対して、娘は真っ向から対峙した。
「お父さん、私の目を見て! 不倫してるんでしょう?」
夫は頑として否定し続けた。
「当時長女は21歳でしたが、懸命に夫の不倫問題を家族問題として受け止め、何とか自分が解決しようとしているようでした。娘がこれほど一生懸命になるのには、理由があったのです」
次女を含めた日向さんの4人の家族は、夫婦が離婚と再婚を経てからは、ほぼ毎日全員がテーブルを囲み、毎晩1〜2時間かけて夕食を共にする仲良し家族だったという。
中でも夫は娘に、「人生で1番大切なのは家族だよ」と教えてきたため、長女は彼氏ができてもクリスマスやお正月は家族と過ごすことを選んだ。
「今思うと、夫の洗脳だったのかもしれません。そんな父親が、『自分たち家族を裏切っている』と知り、娘は深い怒りと悲しみの中にいたのだと思います。娘は失われようとしている『人生で一番大切なもの』を、どうにか取り戻せないかと戦っているようにも見えました」
夫の不倫が発覚した後、日向さんは長女に、「お母さんは、お父さんからDVを受けているんだよ」と言われた。
はじめ日向さんは、何を言われているのかわからなかった。
「振り返ってみると、夫が暴力を振ったのは、過去に私が浮気を疑って、夫に殴りかかった時でした。でもその時、私の心の中には夫への怒りとは別に、夫は不倫をするような男ではないと認めたくない気持ちがあることに気付きました。自分が不倫しておいて、怒った妻が殴りかかってきたら、自分の非を認めず謝りもせず、容赦なく殴り返す夫っておかしいですよね? でも当時の私は、それも“正当防衛だから仕方ない”と思い込もうとしていたのです」
日向さんは、“幸せな家族”や“仲良し夫婦”を失いたくなかった。
さらに長女は言った。
「お母さんはいつも『幸せ幸せ』って言っていたけど、私はお母さんが幸せそうには見えなかった。大学の女性学の授業で習ったけど、精神的DVっていうのもあるんだよ。お母さんが不倫疑惑で問い詰めると、お父さんはいつも逆ギレして威嚇してお母さんを黙らせた。でも、お母さんが泣いたら今度はものすごく優しくするよね? それでお母さんは機嫌が直るんだけど、それって完全に精神的DVの手口だよ」
日向さんは目からウロコが飛び出る思いだった。
「当時51歳の私は、ようやく自分をDV被害者と認定しました」
最初に夫からDVを受けて、すでに30年が経っていた。