70代母親の認知機能が日に日に衰え、「10時10分の絵を描けない」状態に衝撃を受ける50代娘は、自身のコロナ感染を機に、特養に入所させることを決断する。デイケア施設に通所したほうが認知症を遅らせることが正しい対処法とされているが、娘は「プロにお任せして、認知症の症状を無理に遅らせず、施設など安全な場所で自然に進行させてあげたい」という。その理由とは――。
10時9分34秒を指している時計
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【前編のあらすじ】関西地方在住の小窪百恵さん(仮名・50代・既婚)は怖い父親と言葉がきつい母親に育てられた。そのため自分の家庭が嫌いで、早く家を出たいと考えていた。高校を卒業後、結婚して2児をもうけ、病院や介護の現場で働いていた。ところが40代に入ると、実家の69歳の母親に認知症の兆候が見られるように。両親を心配した小窪さんは、通い介護を始めたが、母親の症状は悪化。実家で同居することを決意した――。

子の気持ち親知らず

2019年11月、小窪百恵さん(仮名・50代・既婚)は76歳の母親を病院の物忘れ外来へ連れて行った。受診時に長谷川式認知症スケールを受けると、母親は、今日の年月日と曜日を答える質問は全滅。3つの言葉を言われて、後で答える質問は、覚えていたのはひとつだけ。5つの品物を見せて隠した後、何があったか答える問題も、言えたのはひとつだけ。知っている野菜の名前は、スイカとニンジンと大根とレンコンしか言えず、同じ野菜名を繰り返す。「時計描画テスト」では、「10時10分の時計を描いてください」と言われたが、丸を書いた後、針が描けない。

「ショックでした。母は絵が得意なので、時計の絵はまだ描けるかなと思っていましたが……。丸に数字を書き入れ、10時の針は描けたものの、10分のところに針を描くことがどうしてもできませんでした」

母親の認知症は中等度ぐらいという結果となった。

2020年1月。母親は要介護3になったのを機に、デイサービスを「ほぼ毎日利用」に変更。しかし、デイサービスが休みの日のこと。2階の部屋で休んでいると、下階から父親が声をかけてきた。

「おーい、買い物に行くかー?」

81歳になった父親は足腰が弱ってきており、飼っている犬と猫の餌や、仏壇に供える花、日用品や食料品など、いつも大量の買い物をするため、小窪さんが手伝わないわけにはいかない。母親は塗り絵に夢中になっていたため、一人で留守番をさせることにした。

小窪さんは、買い物のついでに母親の冬物のセーターをクリーニングに出した。先週10枚出して、今週も10枚出した。家でセーターを洗う元気と時間は、小窪さんにはなかった。母親に見つかると、もううまくできないのに「自分で洗える」とか、「お金がもったいない」と言い張るので、こっそり出して、こっそり片付なければならなかった。