「認知症の進行を遅らせる」のは良いことか

小窪さんの祖母(母親の母親)も65歳ごろ、認知症になった。

「その頃認知症は、『呆け』や『痴呆症』と言われていました。当時はまだ『介護保険』や『デイサービス』などもなく、認知症はみるみる進行して、病院に入院しました。今思えば、周りの対応の仕方など、知られていないことが多く、かわいそうなこともたくさんありました。ですが、認知症の状態で長期間過ごすことなく、身体と頭(脳)の状態が同じペースで進行して、病院で最期を迎えることができました。

しかし今は介護保険があり、認知症の進行予防の仕組みや薬ができ、認知症の人も病院ではなく、住み慣れた場所で安心して長く生活できるように……ということが当たり前になっています」

ヘルパーの手を握るシニア女性
写真=iStock.com/FG Trade
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小窪さんはヘルパーやケアマネジャーの仕事をしてきたうえで母親の介護をし、その中で、認知症の人が認知症の進行を遅らせることが「果たして幸せなのか?」と疑問を持つようになったという。

「母の認知症の進行予防も当たり前のように支援してきました。早い時期からデイケアやデイサービスの利用を進め、たくさんの方のおかげで母は、服薬なしの状態を維持することができたと思います。もしも何もせず家にいて、失敗を父に指摘される生活を続けていれば、認知症はもっと早く進行していたでしょう……。

でも、だんだん身体と頭(脳)の進行のペースが合わなくなってきました。短期記憶ができなくなり、『間違えないように』『失敗しないように』と毎日必死です。家族のことさえわからなくなってきています。もうすぐ排泄の失敗が始まるでしょう。それは仕方のないことですが、父に失敗を指摘されたり、父に後始末をさせたりすることは、プライドの高い母にとってとてもつらいことだと思います。変な言い方かもしれませんが、その前にプロにお任せして、認知症の症状を無理に遅らせず、安全な場所で、普通に進行させてあげたいと思うのです」

現状、認知症は早期発見し、薬や運動などで進行を遅らせることが“正しいこと”とされているが、ヘルパーやケアマネジャー、訪問看護師などの中には、こうした考え方の人が少なからずいるという。

「母の認知症の症状に気づいた後、1年間ほど、アルツハイマー型認知症の進行を抑制する薬を使用しましたが、怒りっぽくなる副作用が出て、使用をやめました。以降、全く薬なしでデイケアやデイサービスで他者交流や体操などを続けているだけですが、ケアマネ目線で見て、母は長持ちしているほうだと思います。現在、『認知症の進行を遅らせる』ことは『良いこと』という前提になっていますが、もし、自分だったら、認知症時期が長くなるのは嫌ですし、つらいと思うのです」

医療職でも福祉職でもない筆者は、「認知症になったことがない人には、認知症になった人の気持ちはわからない」と思うが、多くの認知症患者を見てきた小窪さんだからこそそう思えるのかもしれない。

「近年、治療や延命について選択できるようになってきましたが、認知症になったときも、進行を遅らせるのか、遅らせずにつらい期間を短く、家族に負担をかけずに寿命を迎えられるようにしたいのか、早い段階で本人の意思で選択ができるようになったらいいなと思います」

確かに、本人が選択できるに越したことはない。筆者は「認知症の進行をあえて遅らせない」という視点はなかったため、目からウロコだった。ただ、治療や延命についての選択同様、丁寧で詳細な説明が必要となることは間違いないだろう。