※本稿は、石原壮一郎『失礼な一言』(新潮新書)の一部を再編集したものです。
他人の仕事を見下してくる
当たり前ですが、職業に貴賤はありません。抽象的な理念としては、それは誰もがわかっているはず。しかし実際には、職業や仕事にまつわる失礼は山ほどあるし、他人の仕事を見下してくる人は後を絶ちません。すべての社会人は、自分の仕事に関する失礼に遭遇した経験があると言っていいでしょう。
「そんな仕事してるなんて、恥ずかしくないの?」
「別の仕事したほうがいいよ」
相手が詐欺師やコソ泥ならさておき、面と向かってこんなことを言う人はいませ……いや、そうでもないのが、失礼の魔の手の恐ろしさ。ストレートにこうは言わなくても、同じ意味のセリフが、ふとした拍子に飛び出します。
自分のケースだと、出版社勤務から30歳でフリーライターになった最初の頃は、親戚や友達から、
「芸能人の浮気の張り込みとかあるんでしょ。たいへんだね」
「ライターって食べていけるの?」
「5年後はどうするの?」
そんなことを心配そうに言われました。つまりは、先のセリフと同じ意味ですよね。分野が違うのでやることはありませんでしたが、「芸能人の張り込みだって、読者の期待に応える記事を作るための大事な仕事なのに、失礼な言い方するな!」と内心ではムカついていました。
収入や将来については、自分自身がいちばん不安だったし、見通しも立たないので答えようがありません。ヘラヘラしながら「まあ、考えてもしょうがないしね」と返すことで、自分をなだめていました。それから約30年、おかげさまで運よく何とかなっています。
あとから気がつきましたが、聞いてくる人のおもな目的は、自分の選んだ道(サラリーマンとか親の仕事を継いだとか)を「自分は間違っていない」と肯定すること。「こいつみたいに不安定な道を進まなくてよかった」と安心することが目的なので、どんなに丁寧に説明しても納得することはなかったでしょう。
ただ自分も、若かったというか肩に力が入っていたというか、何気ない世間話をナイーブに受け止め過ぎていた気がします。繰り返し書いていますが、失礼は相手と自分の共同作業ですね。