「水返せ」運動はリニア問題と無関係

ところが、川勝知事は歴代知事とは違い、住民たちの「水返せ」の声に何ら応えようとしなかった。2009年7月の就任以来、大井川の電力用ダムは何度も水利権更新を迎えているが、川勝知事は手をつけていない。

リニア問題で、「命の水」と大騒ぎする政治姿勢とは全く違うのだ。

それどころか、「水返せ」運動をリニア問題と一緒にしてしまい、JR東海へ無理難題を求める都合のよい“材料”にしてしまっている。

2019年6月、静岡県は「大井川水系の水資源の確保」等に関する意見書をJR東海に送っている。

意見書には、1970年代から「水返せ」運動が展開されたことを踏まえ、「大井川の水は、流域住民にとって生活に欠かせない財産であるとともに、潤沢とは言えない状態から、厳しい争いの歴史(「水返せ」運動)を有しており、これが“命の水”と言われる所以ゆえんである」と記されている。

つまり、「水返せ」運動で、厳しい争いをした“命の水”を川勝知事はリニア問題でも求めているというのだ。

川勝知事は「命の水を守る」として、JR東海に対しリニア工事で流出する湧水の全量戻しを求めてきた。ただし、この「命の水」は、大井川に潤沢に水が流れている下流域の利水のためのものである。

県の意見書にある「水返せ」運動の“命の水”が、まるで川勝知事の「命の水を守る」と同列に並べられ、リニア問題で強い主張をするための補強証拠の役割を果たした。

実際には「水返せ」運動の“命の水”はリニア問題とは全く関係ない。

ダムとダムをつないで水を効率的に使うための導水橋(川根本町)
筆者撮影
ダムとダムをつないで水を効率的に使うための導水橋(川根本町)

中流域の河原砂漠と下流部の利水を一緒くたにした

川勝知事の「命の水」は下流域の「利水」への影響であるのに対して、「水返せ」運動の“命の水”は、中流域の「河原砂漠」を解消するためだからだ。

中流域の水源地を守るのは山の人たちであり、その水の恵みを受けて利用するのが下流域の都市部の人たちである。

2005年、石川知事は田代ダムの河川維持流量をようやく勝ち取ったが、放流水はそのまま井川ダムに吸収されたまま、中流域には戻らなかった。

そのため中流域の住民には不満が残った。下流域の市町は「水返せ」運動に協力する姿勢を全く見せず、中流域と下流域は対立した歴史を持つのだ。

それを静岡県は同じ「命の水」にしてしまった。