リニア中央新幹線の工事を巡り、静岡県が拒否し続けてきた「田代ダム案」がようやく動き始めた。だが、川勝平太知事が案を承認するまでのプロセスには知事の適性を疑わせる多くの失態があった。ジャーナリストの小林一哉さんが解説する――。

「田代ダム案」をついに川勝知事が了承した

静岡県境付近のリニアトンネル工事中の全量戻し解決策としてJR東海が示していた「田代ダム案」について、これを拒否し続けていた川勝平太知事が協議開始をようやく認めた。

6月13日の会見で、「田代ダム案」について虚偽の発言をした川勝知事(=静岡県庁)
筆者撮影
6月13日の会見で、「田代ダム案」について虚偽の発言をした川勝知事(=静岡県庁)

今後、田代ダム案の中身がまとまれば、リニア議論の最大の焦点である水環境問題はほぼすべて解決、リニア静岡工区の着工へ大きく前進する。

田代ダム案とは、JR東海が約10カ月間のリニアトンネル工事によって山梨県へ流出する最大500万トンの湧水を補償するため、大井川上流部の田代ダムで毎秒4.99トンの水利権を持つ東京電力リニューアブルパワー(東電RP)が毎秒約0.2トンの取水を抑制し、その水を大井川にそのまま放流するというものだ。

山梨県へ大量の湧水が流出する田代ダム(=静岡市)
筆者撮影
山梨県へ大量の湧水が流出する田代ダム(=静岡市)

川勝知事の求める「工事中の全量戻し」の解決策となる。

ただ東電RPは、田代ダム案を受け入れる前提条件として、今回の取水抑制が工事完了後の恒常的な水利権とは無関係であることを関係自治体に了解してもらうことをJR東海に託した。

川勝知事の「不思議な回答」

「反リニア」に徹する川勝知事は、昨年4月にJR東海が田代ダム案を提案して以来、「取水抑制は東電RPの水利権と関係がある」などと繰り返して、一貫して田代ダム案を拒否してきた。

そんな中突然、静岡県の森貴志副知事は2023年6月14日、「田代ダム案は東京電力RPの水利権に影響を与えない」「静岡県を含めた大井川流域市町は同案を根拠に水利権の主張をしない」などとする通知をJR東海に送った。

つまり、東電RPの求めた前提条件をそのまま認めたのだ。これで、JR東海は東電RPと田代ダム案について具体的な協議を開始して、「工事中の全量戻し」の全容をまとめることができる。

ただ、川勝知事だけがいまだに東電RPの水利権と関係するという主張をあきらめていないのかもしれない。

JR東海に通知を送る前日の13日の定例会見で、共同通信記者から田代ダム案の協議状況について問われた川勝知事は「田代ダムの水利権を持つ東京電力の了解が取れないままである。東京電力からJR東海を通して、田代ダム取水抑制案の実現可能性について明確な返事が届いていない。少なくとも私のところに届いていない」などと何とも不思議な回答をした。