地下水の流出などを問題にしてリニア中央新幹線の着工を拒否し続けている静岡県の川勝平太知事が、今度はトンネル工事で出る残土置き場の建設予定地に待ったをかけた。ジャーナリストの小林一哉さんは「JR東海は安全性を合理的に示しているが、川勝知事は御用学者と結託して妨害することしか考えていない」という――。

今度は「残土置き場」に難癖をつけ始めた

リニア中央新幹線の南アルプストンネル静岡工区工事で発生する約360万m3の大規模な残土を保存するために、JR東海が建設を計画する燕沢つばくろさわ付近の残土置き場をめぐり、静岡県は2023年8月3日夜、県地質構造・水資源専門部会を開いた。

6月13日の定例会見で燕沢の適格性を否定した川勝知事(静岡県庁)
筆者撮影
6月13日の定例会見で燕沢の適格性を否定した川勝知事(静岡県庁)

静岡県の環境コンサルタントも務め、県の利害関係人だった塩坂邦雄委員(株式会社サイエンス技師長)が「下流側に影響を及ぼすリスク(危害・損害などを与える可能性)」を問題提起し、燕沢の残土置き場の位置選定に課題があるとして、JR東海に「計画を見直せ」と迫った。

ただ約4時間にも上る議論の中で、塩坂氏や県当局から具体的にはどんな「下流側に影響を及ぼすリスク」があるのか説明がなかった。

「下流側」には人家も建造物も何一つない

塩坂氏の言う「下流側」とは、実際には4、5キロ離れた椹島さわらじま周辺を指している。

南アルプス登山基地である椹島周辺は集落などから遠く離れた山間にあり、人家などは全くない。そこからさらに約10キロ離れた下流には中部電力の畑薙第1ダムがある。

万が一、残土置き場が崩壊するような事態になったとしても、土石流等は最悪でも畑薙第1ダムでせき止められる。

となると、「下流側の影響」と言っても、人的被害や建物損壊などは全く想定されないのだ。

椹島から最も近い集落は静岡市井川地区であり、畑薙第1ダムよりさらに10キロ以上も下流域に位置する。当然、「下流側に影響を及ぼすリスク」など井川地区には何の関係もない。つまり、危害・損害を与える危険性など何もないのだ。

地質を専門にする塩坂氏の唱える「リスク」とは、県民の財産や生命などとは全く無縁であり、南アルプスが有する特殊な地質から大地震などが起きた場合の燕沢周辺の崩壊などの可能性を問題にしたに過ぎない。

もし、南アルプスの自然環境保全等だけを目的に、天然ダム(河道閉塞)の崩壊等の可能性に備えるならば、崩壊地対策や河川改修、護岸整備をいまのうちにしておく必要がある。その責任と役割を担うのは、JR東海ではなく、河川管理者の静岡県である。

実際は、静岡県は、県民の財産、人命等を守ることを最優先にした行政に取り組むのが本来の仕事である。今回の「リスク」は、川勝知事が「命の水を守る」として、リニア工事による大井川中下流域の水環境への影響を議論してきたこととも全く違う。

この日の県専門部会は、想定できない天災が起きることによって、JR東海の残土置き場が管理不能となると大騒ぎして、人家等もない下流域に影響がある可能性を議論しただけである。

本稿では、「山梨県の調査ボーリングをやめろ」の川勝平太知事のリニア妨害に続いて、今回の「燕沢の残土置き場をやめろ」が、いかに静岡県行政の責任と役割を逸脱しているのかをわかりやすく伝える。