6170億円の補助金はほとんど意味がない

筆者は2021年6月1日の衆議院の意見陳述で、日本半導体産業が凋落したのは「診断が間違っていたため、その処方箋も奏功しなかった」と論じた。今回の経産省ならびに日本政府の診断と処方箋も、間違っていると言わざるを得ない。6170億円の補助金を投入したところで、日本半導体産業の大幅なシェアの向上は、ほとんど期待できないからだ。

さらにまずい事態が起きつつある。TSMC熊本工場が2024年から生産を開始するはずの28nmのロジック半導体の不足が解消されてしまったのである。

2021年初頭に、世界的に28nmのロジック半導体が不足した。そのため、日米欧の各国でクルマが生産できなくなった。そして、日本政府から招致を受け、TSMCが熊本に28/22~16/12nmのロジック・ファウンドリー工場を建設することになった。

ところがルネサスなどの垂直統合型の半導体メーカーがTSMCに生産委託している28nmのロジック半導体の不足は2021年前半で解消されてしまった。

その代わりに、ルネサスなどが自社工場で生産するレガシーなパワー半導体やアナログ半導体が不足することとなった。その理由は、電気自動車や自動運転車が普及し始めたことによる。電気自動車にはパワー半導体が必要であり、自動運転車にはさまざまなセンサからの情報を処理するためのアナログ半導体が大量に必要になった。

ルネサスシリコンバレーオフィス
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閑古鳥が鳴くかもしれないTSMC熊本工場

そして、これらパワー&アナログ半導体は、パワー半導体メーカーやルネサスなどの垂直統合型の車載半導体メーカーが生産する。TSMCへの生産委託は(ゼロとまでは言わないが)、ほとんどない。

となると、2024年に稼働し、28~12nmを生産する予定のTSMC熊本工場は、一体何のための半導体をつくるのだろうか? 少なくとも、28~12nmのロジック半導体の逼迫は解消している。そして、TSMC熊本工場ではパワー&アナログ半導体は生産できない。となると、TSMC熊本工場はつくる半導体がなくて閑古鳥が鳴くことになるかもしれない。結局、経産省が立案した半導体政策は、またしても「大失敗」に終わることになるのではないだろうか?

日本政府や経産省はTSMCを熊本に招致するにあたって、「経済安全保障の点から半導体のサプライチェーンの確保が重要である」ということを強調している。

しかし、筆者は、TSMCが日本に新工場を建設することが、どうして経済安全保障が担保されるのか、なぜサプライチェーンを強靭化することになるのかが分からない。

TSMC熊本工場は、ソニーのCMOSイメージセンサの工場に隣接して建設される。また、ソニーは、TSMC熊本工場に約20%資本参加している。要するに、ソニーのCMOSイメージセンサとTSMC熊本工場は深くつながっている。