※本稿は、杉山大志(編集)、川口マーン惠美、掛谷英紀、有馬純ほか『「脱炭素」が世界を救うの大嘘』(宝島社新書)の一部を再編集したものです。
EU各国は「EV一本足政策」に転換
2021年7月14日。EUの行政執行機関である欧州委員会が、2035年にハイブリッド車を含むエンジン搭載車の新車販売を禁止する「草案」を提出した(※)。2035年と言えば、わずか14年後。
次のクルマはエンジン付きが許されるが、その次に買うクルマはEVかFCEV(水素燃料電池で発電した電力で走る電気自動車)か合成燃料に限定される、というタイムスケジュールだ。ただしFCEV開発で遅れをとっている欧州の状況を考えれば、事実上EVに絞った一本足政策と考えるべきだろう。
※2023年3月28日、欧州委員会は合成燃料であればエンジン車の新車販売を一部認める内容で正式に合意した。
電気自動車? 電気は足りるの? 発電するときに二酸化炭素出してない? 航続距離が短いよね? 充電にも時間かかるんでしょ? そもそもうちの駐車場に充電器付けられないんだけど?
日本人が抱くであろう素朴な疑問は欧州人でもそうは変わらないはずで、少し考えればこの草案がいかに実情を無視したものであるかがわかる。加えて、詳しくは後述するが、すべてのクルマをEV化するだけのバッテリー生産量を確保できる見込みは薄く、仮に確保できたとしてもエンジン車はもちろんハイブリッド車と比べてかなり高価格になってしまう可能性が高い。
そもそもEVはなぜここまでもてはやされるのか?
私はEVを全否定するつもりはない。最近はバッテリー性能が上がり、数百キロメートルの航続距離を実現したものも登場しているし、静かさと滑らかさと速さを高度にバランスしたドライブフィールも上等だ。自宅に充電器を設置でき、かつ割高な購入価格が気にならない富裕層には悪くない選択だと思う。複数台所有ならなおのこと1台はEVでもいいだろう。
しかし、欧州委員会が打ち出してきた、エンジン車やハイブリッド車を完全に排斥し、すべてをEVにするという極端な案となると話は別だ。EVの開発はまだまだ発展途上であり、広く庶民に行き渡らせるには幾重の技術的ハードルを越えなければならない。そんな商品を普及させるにはとんでもない額の補助金を付けて無理やり売る必要があるが、コロナで疲弊した各国経済にそれを許し続けるだけの余裕はない。
そもそもEVはなぜここまでもてはやされるのだろうか。
背景にあるのが温暖化対策の枠組みであるパリ協定の長期目標だ。地球温暖化によるさまざまなリスクを軽減するため、2050年の気温上昇を産業革命前に対してできれば1.5℃、少なくとも2℃に抑える。そのためには温室効果ガスである二酸化炭素を大幅に削減する必要があるのだ、という学説に基づいて導き出されたのがカーボンニュートラル、あるいは脱炭素というキーワードだ。