ドイツは2011年の福島第一原発事故をきっかけにエネルギー政策を転換し、今年4月15日に原発ゼロを達成した。ドイツ在住作家の川口マーン惠美さんは「政府が政策転換をした背景には、巨大な環境NGO団体の存在がある。ドイツ最大のNGOには60億円規模の予算が組まれており、政府の意思決定に多大な影響を及ぼしている」という――。

※本稿は、杉山大志(編集)、川口マーン惠美、掛谷英紀、有馬純ほか『「脱炭素」が世界を救うの大嘘』(宝島社新書)の一部を再編集したものです。

原子力利用に反対するデモ
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巨悪に立ち向かう弱小組織というイメージだが…

2021年4月30日、独大手紙『ディ・ヴェルト』のオンライン版に、「過小評価されるグリーン・ロビーの権力」という長大な論考が載った。

綿密な取材の跡が感じられる素晴らしい論文で、久しぶりにジャーナリズムの底力を感じた。著者はアクセル・ボヤノフスキー氏とダニエル・ヴェッツェル氏。この論文には啓発されるところが多く、ドイツのエネルギー政策の謎が少し解けたような気がした。

巨悪に立ち向かう弱小な組織といったイメージの環境NGOが、実は世界的ネットワークを持ち、政治の中枢に浸透し、強大な権力と潤沢な資金で政治を動かしている実態。多くの公金がNGOに注ぎ込まれている現状。そして、批判精神を捨て、政府とNGOを力強く後押しするメディア。

本稿では、二人の著者が取材したそれらショッキングな内容を随時紹介しながら、私なりにドイツ政府の進める危ないエネルギー政策を検証してみたいと思う。

発電の4割「石炭と褐炭」を終了させる

環境NGOは地味な草の根運動を装っているが、エネルギー政策、および地球温暖化防止政策に与える影響力という意味では、今や産業ロビーを遥かに凌いでいるという。

2011年の福島第一原発の事故の後にドイツ政府が招集した倫理委員会では、電力会社の代表や科学者ではなく、聖職者や社会学者が加わって2022年の脱原発を決めたが、7年後の2018年、脱石炭について審議するために招集された「成長・構造改革・雇用委員会」(通称・石炭委員会)では、NGOの代表者が聖職者に取って代わっていた。脱石炭を審議する会議なのに、石炭輸入組合の代表は傍聴することさえ叶わなかったというのが信じ難い。

ドイツは伝統的に石炭をベースに発展してきた国で、発電は今も4割を石炭と褐炭に依っている。長年続いたこの産業構造を、突然トップダウンで終了させるのは、かなり無謀な計画だ。性急な脱石炭は、企業の株主の権利を侵し、また、何万もの炭鉱や関連業種の労働者から生活の糧をも奪うことになる。

そこで石炭委員会は各方面への補償と影響を受ける州の産業構造改革のため、2038年までに少なくとも400億ユーロを投下するとした。今やエネルギー転換には、お金はいくらかかっても構わないというのが政府の基本方針のようだ。ただ、財源のめどは立っておらず、代替産業が何になるのかもわからない。しかし、石炭委員会のメンバーも政治家も、山積みの問題はあっさりと無視し、“遅くとも”2038年の脱石炭が決まった。