離婚話の後の「子供を作ろう」
結婚から1年経ったある秋の日。30代になった会社員の狩野遼さん(仮名・50代)は突然、同い年で教員をしている妻に「離婚して」と言われた。特にケンカをしたでも浮気をしたわけでも、手を上げたわけでもなかった狩野さんは、寝耳に水。
狩野さんは、離婚を拒否した。
「(今から考えれば)拒否した理由が自分でも分からないのですが、おそらく新婚1年で離婚なんて『カッコ悪い』と思っただけなんだろうと思います。私の中で『カッコ悪い』というのは絶対に許せないことです。それに反することは絶対に受け入れられませんでした」
狩野さんはこのときから、「離婚のときに慰謝料を払う羽目にだけはなるまい」と思い、「有責配偶者(離婚の原因を作り、婚姻関係を破綻させた主な責任を持つ配偶者)にはならない」ことを固く誓った。どこかで離婚を意識しながらの新婚生活だったのだ。
それから約2年後、「子供を作ろう」と妻が言い出した。狩野さんは、「ま、いいか」と思うとともに、「子供を作ろうと言い出すくらいなんだから、もう離婚なんて言い出さないんだろうな」とも考えたという。
しかし、子作りに関しても不満が募った。
狩野さんが先に風呂に入ると、妻がコタツで寝てしまうのだ。狩野さんが起こすと、妻はとても不機嫌。
「私は子供が欲しいわけでも、妻を抱きたいわけでもないんです。寝てるところを起こされて機嫌のいい人間はいないと思いますが、妻が言い出したことなのに……と、不満を感じていました」
それでも約1カ月後、妻は妊娠。
そんな頃、狩野さんが実家に寄ったところ、「2人で食べて」と母親に魚を持たされた。帰宅すると妻が、「クサい! クサい!」と騒ぎ出し、狩野さんが母親からもらった魚が原因だと判ると妻は、「2人して私にこんな意地悪をして!」と怒る。
狩野さんは、自分だけならまだしも、母親に対する悪口には我慢できず、「意地悪なんかじゃねえだろ! 何でいつも人の気持ちを悪意に取るんだよ? そんなに嫌なら捨てりゃいいんだろ!」
と怒鳴り、魚をゴミ箱に投げ込む。
その翌日。妻は、「子供を堕ろす」と言い出した。狩野さんは、必死で思いとどまるよう説得。
「目の前の命が失われることに耐えられませんでした。これまで妻に対して自分が取った行動には後悔ばかりですが、このときの行動だけは1mmの後悔もありません」
やがて1995年、無事長男が誕生。結婚から5年後のことだった。