休暇は、経済的な余裕のある人だけのものではない。常に弱者に対する配慮があり、シングルマザーの家庭や失業で収入の少ない家庭、障がい児のいる家庭などに、自治体や市民組織が宿泊施設での休暇を無償または低価で提供している。

近く改正される予定の年休法では、より柔軟な年休のあり方が可能になる。「休暇バンク」を作って、職場が変わっても前の職場で持っていた休暇の権利を移せるなど、短期契約で働く人にとっても公平な休暇のあり方が規定される予定だ。

勤務時間が短い、休暇が長いというと、労働からの自由を求め働くことを厭っているように聞こえるかもしれないが、勤勉は歴史的に重要で高く評価されてきた。

そこには、仕事に対して誠実で誠意を持つことも含まれ、ルター派キリスト教の価値観でもある。ルター派については、本書の別の章で見たい。

現在の勤勉さは、労働時間の長さではなく、デジタル化によって効率化して働く勤勉さに変わっているといえるかもしれない。

労働は義務ではない

こうした労働のあり方の違いには、慣習に加えて法的な違いもある。

日本国憲法第27条第1項は、「すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負う」としている。労働ではなく、勤労である。それは「保護する子女に普通教育を受けさせる義務」と「納税の義務」とともに、「国民の三大義務」の1つとされている。

フィンランドで労働は義務ではない。フィンランド憲法が市民の義務としているのは、納税義務と国防義務である。国防義務は男性の場合は兵役、市民にとっては緊急時に支援する義務だ。

兵役は、18歳から29歳までに果たすが、兵役を拒否し、ソーシャルワークなどを行うシビルサービスに変えることもできる。緊急時に支援する義務には、事故を見たら警察に通報するとなども含まれる。

また、つけ加えると憲法にあるのは「すべての人が無償で教育を受ける権利」(第16条)であり、学習の義務に関しては「学習義務法」という別の法律に規定されている。

高い地位に執着する日本とは真逆

地位や職位に対する執着がないことも、フィンランドでの働き方の特徴だと思う。

現在は68歳が最終的なリタイアの年齢で再就職というシステムはなく、天下りもない。いつまでも働き続けるより、仕事を離れて自由時間を楽しみたい、違う人生を始めたいという希望の方が強い。

また、キャリアの途中でまったく異なる領域に鞍替えすることも珍しくない。日本では70代、80代になっても高い地位に執着する人が多いこととは対照的だ。

2つ例をあげると、アンネ・ブルニラ(1957~)がいる。フィンランド銀行、財務省、フィンランド林業同盟、国営電力会社フォータムなどのトップのポジションを歴任した。

2013年に56歳でフォータムからリタイアしたが、同年「フィンランドで最も影響力のある女性」に選ばれている。

その後は、フィンランド文化財団やアールト大学、国立歌劇場など多くの文化・教育組織で委員などを務めた。リタイア後は、若いときから興味を持っていたチベット仏教に傾倒。人生の意味や幸福については、チベット仏教から示唆を得ているという。

1つの職場に定年までいるのではなく、職場を変えていく働き方もさることながら、40歳で博士号を取るまでの学業と仕事を交錯させたキャリアのあり方も興味深い。

2020年に出版した『誰が信じただろう 回想』では、パートナーから受けていた激しい暴力、生後すぐのウイルス性脳炎罹患りかんによる息子の障がいなども明かして衝撃を与えた。

1984年出産、1985年DVを理由とするパートナーの禁固刑と精神病の治療、1987年パートナーの自死、1989年リセンシエート(修士と博士の間の学位)取得、1992年フィンランド銀行入行、1994年フィンランド銀行頭取、1997年現在のアールト大学で博士号を取得、さらに2013年にリタイアしたあとの人生航路を語った。

財政政策に関する論文で博士号を取ったのは、フィンランド銀行頭取時代。論文を書くために約1年銀行の研究部門に所属し、頭取の仕事は他の人が代行した。こうしたシステムがあり、自分の人生を生きていった。