「前後、左右、表裏のない靴下」が注目を集めている。かかと部分がない筒状のデザインなので、どんな人でも履きやすい。服飾デザイナーの田村優季さんは、盲ろうの祖母のためにこの靴下を作ったという。インタビューライターの池田アユリさんが取材した――。

生きづらさを抱えた盲ろうの祖母の本音

2018年の春の出来事を、田村たむら優季ゆきは一生忘れない。

祖母が暮らす愛媛県松山市のマンションを久しぶりに訪ね、ふたりきりで世間話をしている時だった。「前できたことが最近しづらくなってね……」と小さくつぶやいた。

「前後、左右、表裏のない靴下」を作った田村優季さん。
筆者撮影
「前後、左右、表裏のない靴下」を作った田村優季さん。

祖母は、視覚と聴覚に障害のある盲ろう者だ。かつては光の調光を感じることができたが、今は完全に見えない。聴覚は右耳が少し聞こえる程度だ。

ダイニングにあるイスにぽつんと座る祖母。その右隣に田村はひざまずき、ひざにそっと手を置いて話を聞いていた。その時、思わぬ言葉を耳にした。

「おばあちゃんは目も見えないし、耳も聞こえない。役立たずの人間だから、もうスクラップに出してくれ」

無性に怒りがこみ上げ、胸が締め付けられる思いがした。田村は「なんでそんなこと言うの。おばあちゃんがいたからお母さんがいて、私が生まれたのに!」と言った。

いつもは気丈に振る舞う祖母が、なぜ――。今まで、たびたび生きづらさを感じてきたのだろう。戸惑いながらも「なんとかせな」と思った。

長く裁縫の仕事をしていた田村は「祖母の喜ぶ服をつくろう」と動き出す。目指すは目が見えなくても一人で簡単に着られ、自分らしくいられる服だ。

そして2020年にインクルーシブデザインを中心としたアパレル&コミュニティブランド「ouca(おうか)」を立ち上げ、2022年、これまでにない靴下「minamo(みなも)」を開発した。

前後、左右、裏表のない靴下

この靴下は、かかとがなく、筒状になっている。左右の違いもなく、360度どの方向からも履ける。特殊な編み方を施しているため、ふくらはぎがズレにくく、締め付け感がない。

左右の違いだけではなく、この靴下には裏表がない。色も柄も非対称になっているので、靴下の組み合わせは自由に選べる。左右ワンセットという概念もない。まさに「目を閉じても履ける靴下」なのだ。