私にできることをやってみよう
後日、母とふたりで居酒屋に行ったとき、祖母に言われたことを話した。すると、このように返ってきた。
「おばあちゃんはね。目が見えんくて、耳が聞こえないけど、それでいいの。だって、あの人はいるだけでいっぱいいろんなこと教えてくれるから、宝物なんよ」
母の言葉に、ふっと心が軽くなった。それと同時に、祖母の苦悩を自分の生きづらさと重ねていたことに気が付く。「自分は人より劣っているのでは」とコンプレックスを抱えた10代。人間関係に悩んだ社会人時代。躁うつ病だとわかったあのとき……。「こんなにも生きることが苦しいなら、産まないでほしかった」と母に嘆いたこともあった。
「おばあちゃんの苦悩は、私にもあるものなんだってわかったんです。誰かの生きづらさは他の人からしたら大きな気づきになるし、すごく価値があるものなんじゃないかなって思いました。自分の生涯を嘆いたり、怒ったりするんじゃなくて、私にできることをやってみようって。それで、祖母に『生きてて良かった』と思ってもらえることをしたいって思いました」
肌に触れるものに敏感な祖母のために
独立して1年が経過した2018年の秋。インクルーシブデザインを中心としたアパレルブランド「sakae(さかえ)」を立ち上げた。
インクルーシブデザインとは、従来では除外されてきた多様な人々と一緒になって考えたり、デザインしたりする手法のことを指す。日本でも「東京2020パラリンピック」に向けて、車いす用の席が500席設けられたり、さまざまな障害に応じた用途別トイレが設置されたりするなど、公共設備のバリアフリー化に向けてこの方法が用いられた。
「デザイン設計の段階から障害者に参加してもらうことで、健常者では気づけない発見が見つかるんです。おばあちゃんのような人たちと一緒に不便さについて考えていけば、これまでにないモノづくりができるんじゃないかと思いました」
さっそく「おばあちゃんが喜ぶ服は何だろう?」と考え始めたある日、祖母は手で触った感覚をとても大切にしていることに気が付く。
「目が見えないからこそ、肌に触れるものに敏感なんだな。私も肌が弱いから、自分にもおばあちゃんにも優しいものを作れたらいいな」
まずは下着の開発に取り掛かった。2019年に第1号となる、タンクトップとショーツが完成。だが、肝心の販路や人に周知してもらう方法がさっぱりわからなかった。そこで、友人の紹介で経営塾やSNS運用についてコンサルを受けるようになる。