市長は自分でゴールテープは切れない

「市長としてやりたいことは、どのくらいできましたか?」

取材で、よく聞かれる質問です。

「最初の5年間は1割ほど。3年前は2割、今は3割程度でしょうか」。そんなふうに近頃は答えていました。

泉房穂・明石市長
泉房穂・明石市長(撮影=片岡杏子)

「少ない」と不満を述べているのではありません。自分がやりたいことを任期中に全部できるだなんて、初めから思いもしませんでした。そもそもやりたいことなんて、山のようにある。あれもこれも、やりたいことだらけのうえに、まちづくりに終わりはないのです。

それでも就任当初からの議会との軋轢もありましたから、3期12年間で市長としてできることは、かなりやれたのかもしれない。そんな気もしています。

市長という仕事は、駅伝のランナーみたいなものです。

1人でまちづくりのスタートからゴールまでたどり着くなんてことはできません。「やさしいまちづくり」は、これからもずっと続きます。

人生を捧げるつもりで責任感を胸に、私の受け持つ区間を全力で走り続けてきました。中間走者ですから、途中までしかできないこともある。はっきりと最初から意識していました。最善を尽くすために、市民の顔を見て、声を聞く。時代状況や世間の風を読みながら、その時々に応じてもっともふさわしい施策を次々と置き続けたこれまでの12年間です。

これからの「やさしいまちづくり」は、私の後に続く「誰か」に引き継いでもらうしかありません。自分でゴールテープは切れない仕事です。次の人につなぐまで、市民から与えられた任期の間、ベストを尽くし続ける。たすきを渡し切るまで、ひたすら全力。それが自治体の首長としての私の矜持です。