早稲田出身者だけが呑み屋に集められ…

私が新卒で入社した会社(仮にA社ということにしておきましょう)にも稲門会はあった。

しかも、ウチの稲門会は、非公式の組織だった。文字通り、会社には内緒で結成されている秘密結社だったのだ。笑っている人、これは本当の話です。早稲田の連中はこっそり集まって、あなたたちの知らないところで色々と相談しているのですよ。くれぐれも油断しないように。

A社稲門会の初会合は、入社前に開かれた入社試験を受けて内定通知をもらった30人の同期社員のうち、早稲田出身の4人だけが、1月のとある土曜日に、四谷の呑み屋に呼ばれたのである。

最初は、意味がわからなかった。受け取ったはがきの場所に行ってみると、人事部で採用担当をやっていた若手社員のナガオカがいる。

「どうして、オレたちだけ呼び出しを食うんだろう」

無邪気にも私はきょとんとして周りを見渡していた。が、しばらくするうちに、ようやく意味がわかった。これは、学閥結成運動だったのである。ナガオカは、

「今日集まったことは会社やほかの学校の連中には言わなくても良いぞ」

と言いつつ、公式の新入社員説明会や内定式では聞くことのできない実践的な知識(ウチの場合、営業部員の転勤はだいたい3年から5年に一度の割合で……とかいったような)を授けてくれたりした。飲み食いは全部彼のおごりだった。

学閥は仲良しグループではなく圧力団体

で、その日集まった面々は

「これからも力を合わせて頑張っていこう」
「今後は各期や各営業部の早稲田出身者に連絡をとって、定期的に稲門会を開くから必ず参加するように」

といったことを確認して散開した。

握手を交わす日本人男性ビジネスマン
写真=iStock.com/kazuma seki
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帰り際、コートを着ていなかった私は、特にナガオカに呼ばれて、住所を訊かれた。3日ほどすると、「太って着られなくなったから」ということでベージュのステンカラーのコートが送られてきた。なるほど。

遡って話をすると、そもそもA社の新入社員の中に地方の国公立大学出身者が多いのは、その昔、学閥の弊害が色々とあって、その反省から、会社側が、採用に当たって、なるべくひとつの学校に人材が集中しないように配慮していたからだった。ついでに言うなら、11月だかに入社内定者にその話をしていたのは、ほかならぬナガオカだった。

それなのに、そのナガオカが先陣を切って学閥作りにはげんでいるんだから世の中というのはわからない。あるいは、このに及んでなお、

「そのナガオカという人は、単に後輩思いだったのではないか?」

などという寝とぼけたことを言う人もいるかもしれないので言っておく。学閥は、圧力団体であり数をたのんだ権力組織である。学校の先輩が後輩を可愛がるのは、単に可愛いからではない。それなりの利用価値があるからだ。