しかしながら、テロ対策も安全保障も国民、市民の命と生活を守るものであり、それは思想の右や左に関係なく、社会保障の一部として求められるものである。

平和を願うだけでは実現できない

筆者がかつて客員研究員として留学していたコロンビア大学戦争と平和研究所における恩師である故ロバート・ジャービス先生は安全保障研究、国際政治学、インテリジェンス研究の権威であったが、きわめてリベラルな民主党員であった。

ジャービス先生の残した言葉の中に忘れられないものがある。

「安全保障やインテリジェンス、テロ対策という分野は民主主義を破壊する可能性のあるきわめて難しい研究領域である。それでも、市民の生活や命を戦争やテロから守るための政策や研究は不可欠のものであり、民主主義社会に資する自由や人権の価値を大事にする安全保障やテロ対策のリベラル・アプローチが必要である」というものだ。

同じように日本の戦後民主主義体制や日本国憲法に合致した、さらにはグローバルな人間の安全保障、人権の安全保障といった人道主義や国際倫理に合致したテロ対策、安全保障のリベラル・アプローチが求められており、それが現代の日本においても必要である。

テロ対策の根本療法とは何か

民主主義社会においては、このように「安全・安心」の価値と「自由・人権」の価値のバランスをとりながら、テロ対策も要人警護も実践されなくてはならない。

福田充『政治と暴力 安倍晋三銃撃事件とテロリズム』(PHP新書)
福田充『政治と暴力 安倍晋三銃撃事件とテロリズム』(PHP新書)

格差や差別を放置したままで、またはそれを拡大させる政策をとりながら、発生するテロリズムや犯罪を防ぐために社会の監視活動を強化して監視社会を構築し、警護活動を強化するというのは負のスパイラルであり、有効な手段ではない。

テロリズムなどの政治的暴力をなくすためには、社会における格差や差別をなくすことによって暴力に頼らざるを得ない孤立した個人の発生を防ぐことが重要であり、そうした格差や差別をなくすための公正な政策の構築と、そうした差別や社会的阻害をなくすための社会的教育の実践が必要である。

それがテロ対策における根本療法であり、リスクコミュニケーションである。

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