ギブ・アンド・ギブの人
一般論だが、会社にはろくでもない上司はたくさんいる。部下の手柄を横取りする者、責任を部下になすりつける者、上へのウケだけを狙い下を軽く見る者、高い地位により接待を受け続け庶民感覚が麻痺している者……。
上司としての前田は、仕事上では部下に厳しかった。しかし、人を育てた。さらに、マーケ部以外の部署の社員の働きぶりまで、よく見ていた。そして自分なりに評価し、自費でネクタイを贈っていた。部門の垣根を越え、全体を見渡せる度量をもっていたと言えよう。
このためか、前田の周りには、社内外を問わずいつも人が集まっていた。支持率は高いのである。特に、下から足をすくわれることは、前田にはなかった。
マーケ部は代理店との関係は深く、何かと誘惑は多い。だが、前田はゴルフをはじめ、“夜の銀座”など接待を一切受けなかった。取引先からの中元や歳暮でさえ実質的に受け付けなかった(1万円の歳暮が業者から贈られると、同等金額のモノを自腹で購入して送り返していた)。公私の別を徹底させていたのだ。
常に清廉であり続け、会社という枠を超え世間で通用する実力をもつ。支持率の源泉は、その人に力(価値)があるということであり、前提は私欲をもたない人柄であろう。私欲に溢れた一言居士など、信用されない。
営業専門会社だったキリンビールマーケティング副社長を務めた真柳亮は、前田を師と仰ぐ。「ジンさん(前田のこと)は、ギブ・アンド・テイクではなく、ギブ・アンド・ギブの人。人が集まってきた。そして人を育てた」と真柳は話す。
ヒットメーカーという実績に加え、こうした廉潔な生き様は、部門を超えて多くの前田信奉者を生成した。
不思議な魅力があった前田は多くの人に慕われていた。時には部下を叱責するような厳しい上司だったにもかかわらず、前田の部下として働いた人の多くが今も彼への敬愛の念を隠さないのは、その証左だろう。