「今から話すことは口外禁止だ」
銀行の窓口は朝9時から午後3時まで。3時にシャッターが下りると、慌ただしい残務処理が始まる。
預かった現金と支払った現金を機械上の現金記録と一致させる作業を「勘定突合」という。いくら機械化が進んでも、これがなかなかピッタリとは合わない。クセのある字を書いてきたお客の伝票で「1」と「7」や「9」などを見間違うなど日常茶飯事だ。
ほかにも、手形や小切手を交換所に持ち出す準備。また、預かった申込書類はその日のうちに処理。作業によっては、支店外にある事務センターに作業を依頼。ほかの支店や本部に書類を送付し、お客宛に書類を郵送する業務など、やることはいくらでもある。
取引先課も、担当するお客が夕方6時、7時でないとアポが入らないなんてざらだ。定時として定められた所定労働時間7時間30分ではどだい終わらない仕事なのである。必然的に残業が必須となる。
まだ社内のイントラネットが整っていなかったころ、勤務時間は手書きして課長に提出していた。ベテラン課長にもなれば残業を逐次確認し、特定の人物に業務負担が偏っていないかなどをチェックできた。心斎橋支店では1人1台イントラネットが整備され、それぞれが毎日、始業時刻と退社時刻を入力している。
「今から話すことは口外禁止だ。家族にだって話してはならない」
そう前置きして副支店長は続ける。
「きっと忠誠心を試されてるんや」
「ここにおまえたちのパソコンのログがある。パソコンにログインした時刻とログアウトした時刻、その1年分だ。村本、おまえ、去年の11月7日、パソコンをログアウトしたのが20:55で、なんで退社時刻が19:50なんや?」
行員がほぼ全員、毎日残業をしていることは副支店長ももちろん知っている。にもかかわらず、こんなことを聞いてくる真意を推し量れず、村本君は戸惑いながら答える。
「間違えたんでしょうか……」
「そうか⁉ 間違えたんやな? じゃあ、どうすればいい?」
「修正……ですか?」
「そう! 正しい終業時刻に修正するんや。みんなも自分の終業時間をチェックして、正しい時間に直してくれ。でな、これを1年分、明日までにやってくれ」
ゾロゾロと会議室から出てくると、みんな口々に言い合う。
「どういう意味? あれ」
「本当に残業した分を全部払ってくれるのかよ。でも、そんなことしたらとんでもないことにならないか?」
「いや、これで本当に申告したら、なんかあるやろ。きっと忠誠心を試されてるんや」
要らぬ憶測が飛び交う。