「冬は寒い」という思い込み

大切なのは、人の消費行動は常に心理や感情と結びついて動くということです。

モノ的な発想で考えれば、冷やし中華は夏の食べ物です。初夏になって、中華料理店の店頭に張り出される「冷やし中華、始めました」の貼り紙は夏の風物詩です。

しかし、買い手の皮膚感覚では、冬でも気温が上がると「暖かい」と感じ、「冬に冷やし中華を食べる」という体験(コト)を楽しもうとする。そこには、人とは違ったものを食べようという自己差別化の心理も働いているかもしれません。

消費が飽和するほど、心理が消費を左右し、消費がイベント性をもつようになる。「コトを楽しむ心理の世界」にいる買い手に、売り手は「モノ売りの理屈の世界」で接してはいけません。

真冬の冷やし中華の例で考えるべきは、市場は常に人間の心理や感情と結びついた皮膚感覚で動くということです。

店の中にいる売り手はとかく過去の経験や既存の概念に縛られ、“冷やし中華=夏の食べ物”と考えがちですが、店の外にいる買い手は、それこそ真冬でも、気温が上がると暖かいと感じ、冷やし中華が並んでいれば、ふと手を伸ばすのです。

重視する「質」の正体とは

背景にあるのは、モノ余りの時代になり、消費が飽和してきたことでしょう。

モノが不足していた時代、つまり、お客様の側にあれがほしい、これが買いたいと旺盛な購買意欲があった時代には、経済も右肩上がりで、売り手側が自分たちの都合でモノを提供すれば、お客様に買ってもらえたし、売れないときも値段を下げて安くすれば売れました。いわゆる、「売り手市場の時代」です。

買い手もモノの量を求め、売り手もモノの量を提供すればよかった。まさに、モノを「量」でとらえる考え方が通用した時代でした。

しかし、いまは完全に「買い手市場の時代」です。「モノ余りだからモノが売れない」「タンスの中がいっぱいだからみんな買おうとしない」と学者や評論家はいいますが、これはモノを量でとらえる時代の経験を引きずった発想です。

生活環境が非常に豊かになった結果、いまのお客様は商品やサービスの「質」に価値を認めなければ買わなくなった。この質は、まず、機能や性能など、物理的・物質的価値が優れていなければなりません。これは必要条件です。

しかし、より大切なのは、買い手がその商品やサービスを購入し、使用することによって、共感、喜び、ワクワク感、安心感、信頼感といった心理的・感情的な価値が得られることです。

つまり、質の高い商品やサービスをとおして、質の高い体験を提供できることが求められるようになってきたのです。