お客の心をつかむには、数字の先を読まねばならない。「現代の消費者は『消費を正当化する理由』を求めている」と語るのは、セブン&アイ・ホールディングスの名誉会長・鈴木敏文氏だ。割引率でいえば2割引きと同じ「現金下取りセール」が、消費者の心をつかんだ理由とは? 消費者の「タンスの中」まで想像すれば、その答えが浮かんで見えてくる――。

※本稿は、鈴木敏文『鈴木敏文のCX入門』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。

スーパーにあるSaleのバルーン
写真=iStock.com/AdShooter
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着なくなった服に新しい価値をもたらした「現金下取りセール」

リーマン・ショック後、消費が急落するなかで、わたしの発案でイトーヨーカ堂が始めて大ヒットした「現金下取りセール」という不況突破企画があります。

衣料品のお買い上げ金額の合計5,000円ごとに、お客様の不要になった衣類を1点1,000円で下取りするという企画です。

現金下取りセールは理屈上は「2割引き」と同じです。そのため当初、社内では「割引をしても簡単には売れない状況なのに、割引もせず、下取りをするだけではお客様は反応しないだろう」と疑問視する声があがりました。これは売り手側の発想です。

しかし、わたしはお客様の心理や感覚に目を向けました。

いまはモノ余りで、どの家庭もタンスの中は着なくなった服であふれています。着なくなった服は客観的に考えれば、価値はありません。でも、捨てると損をするような気がして自分ではなかなか捨てられない。

ただ、下取りであれば、着なくなった古い服に新たな価値が生まれます。ならば、お金に換えて買い物をしようと思うでしょう。

現金下取りが「単なる割引」と異なる理由

人は、損と得を同じ天秤にかけようとせず、通常は損して失うもののほうが得して得るものより大きく感じてしまう。ただ、現金下取りなら、服を手放す損失の感覚を上回る喜びが得られるので、利用しようと思う。

単に2割引きでは特に洋服を買おうとは思わない。でも、不要の古い服を下取りに出して、お金に換え、新しい洋服を買うのであれば、自分の選択を納得できるし、消費を正当化できる。それが人間の心理であり、感覚であり、感情です(図表1)。

【図表1】「値引き」と「現金下取り」は同じようで違う

結果、現金下取りセールは大ヒットし、他のスーパーや百貨店も追随しました。

セールを疑問視した人々は、「現金下取りは2割引きと同じ」→「いまは割引してもなかなか売れない」→「下取りだけでは反応しない」と理屈で考えました。

現金下取りも2割引きも同じと考えた人たちは、どちらも5,000円の洋服を4,000円で買う点では同じと考えたわけです。これは、買い手にとっての現金下取りの意味や関係性に目を向けず、商品を売ることだけを考えるモノ的な発想です。

一方、わたしはこう考えました。タンスの中が服でいっぱいなら、タンスの中を空ける仕かけを考えればいい。もう着ない服が価値をもち、タンスの中が空くなら、お客様はお店にやってくるはずだ。

そして、5,000円の洋服を買い、不要の服を下取りで1,000円を得る。現金下取りセールという一連の体験に価値を感じ、消費がイベント性をもつようになる。これはコト的な発想です。