消費税分が還元されるならカシミアのコートも買う
少し前の話になりますが、1997年に消費税率が5%に引き上げられたときに行った「消費税分還元セール」も同じです。
当初、営業幹部に提案すると、「消費税分還元は5%引きと同じ」「普段の売り出しで10%、20%引きでも必ずしも売れるわけではないのに、5%では魅力を感じてもらえないのではないか」と大半が反対意見でした。実施すると大反響を呼び、売り上げは6割増です。
特に売れたのは1着数万円もするカシミアのコートなど高価格のものでした。
消費税率の引き上げは、国家財政にとっては必要でも、消費者の心理ではやはり抵抗があります。だから、「5%割引き」ではなく、「消費税分5%還元」というイベント性がヒットしたのです。
大切なのは、人の消費行動は常に心理や感情と結びついて動くということです。
セブン‐イレブンでは、冬でもちょっと気温が上がって汗ばむような陽気の日には、冷やし中華が陳列棚に並ぶことがあります。
モノ的な発想で考えれば、冷やし中華は夏の食べ物です。初夏になって、中華料理店の店頭に張り出される「冷やし中華、始めました」の貼り紙は夏の風物詩です。
しかし、買い手の皮膚感覚では、冬でも気温が上がると「暖かい」と感じ、「冬に冷やし中華を食べる」という体験(コト)を楽しもうとする。そこには、人とは違ったものを食べようという自己差別化の心理も働いているかもしれません。
消費が飽和するほど、心理が消費を左右し、消費がイベント性をもつようになる。「コトを楽しむ心理の世界」にいる買い手に、売り手は「モノ売りの理屈の世界」で接してはいけません。
現代の消費者は「損したくない」
人間は損と得を同じ天秤にはかけず、同じ金額なら利得より損失のほうを大きく感じてしまいます。同じ1万円でも、1万円をもらった喜びや満足感より、1万円を失った苦痛や不満足のほうを2〜2.5倍大きく感じる。そこで、人間は損失を回避しようと考え、行動するようになる。これを行動経済学では「損失回避性」と呼んでいます(図表2)。
標準的な経済学では、人間は「ホモ・エコノミクス(経済人)」といって、経済的、合理的に損得や確率を計算し、それにもとづいて、得られる利得が常に最大になるよう判断し、行動する存在として想定されています。その際、心理的な影響について考えるのはタブーとされています。
しかし、現実にはそんな人間は存在しません。人間は健康に害があるとわかっていてもタバコを吸ったり、同じ1万円の出費でも被服費については二の足を踏んでも、飲食費は躊躇しなかったりと財布が別々で、必ずしも常に合理的な判断するとは限りません。