なぜアメリカでは、大統領などの要人警護が発達しているのか。米モンクレア州立大学のケーリー・フェダーマン准教授は「シークレットサービスが発足したのは、3人の大統領が暗殺されてからだった。安倍晋三元首相の銃撃事件で、日本の警備体制も変わるかもしれない」という。NY在住ジャーナリストの肥田美佐子氏がリポートする――。(前編/全2回)
1963年11月22日、暗殺される直前のジョン・F・ケネディ元米大統領(左端)(アメリカ・テキサス州ダラス)
写真=AFP/時事通信フォト
1963年11月22日、暗殺される直前のジョン・F・ケネディ元米大統領(左端)(アメリカ・テキサス州ダラス)

アメリカでは4人の大統領が暗殺されている

アメリカでは、これまで4人の大統領が暗殺されている。エイブラハム・リンカーン第16代大統領(共和党)、ジェームズ・ガーフィールド第20代大統領(共和党)、ウィリアム・マッキンリー第25代大統領(共和党)、そして、1963年11月22日にテキサス州ダラスで狙撃されたジョン・F・ケネディ第35代大統領(民主党)だ。

ケネディ大統領が凶弾に倒れたのは、安倍元首相が襲われたのと同じ金曜日。時間も午後零時半と、ほぼ同じ時間帯だ。1960年代は「あの日から始まった」と言われるほど、同大統領の暗殺はアメリカ社会を大きく変えた。

だが、それ以前にも、アメリカが変わるきっかけになった事件がある。1901年9月6日、ニューヨーク州北部のバッファローで起こったウィリアム・マッキンリー大統領(享年58)の暗殺だ。

米西戦争の宣戦と勝利で知られる同大統領は、汎米博覧会の歓迎会で、アナーキスト(無政府主義者)のレオン・チョルゴッシュ(当時28)に至近距離で2発撃たれ、8日後に病院で死亡。この事件を契機に、アメリカでは、米シークレットサービス(USSS)による正式な要人警護システムが確立された。

シークレットサービスは通貨偽造取り締まりの組織として誕生

というのも、国土安全保障省管轄下にあるシークレットサービス(要人警護隊)は、もともと南北戦争終結5日後の1865年4月14日にリンカーン大統領が財務省内に立ち上げた「秘密情報機関」だったからだ。当初は、偽造通貨の取り締まりと金融システムの安定化を目的としていた。

リンカーン大統領は皮肉にも、のちに要人警護隊となる同部署の創設を決めた4月14日の夜に首都ワシントンの劇場で銃撃され、翌朝、56歳で死去している。そして、1865年7月5日、シークレットサービスが正式に発足した。

米東部ニュージャージー州のモントクレア州立大学で政治学を研究するケーリー・フェダーマン准教授は2017年、学術書『The Assassination of William McKinley: Anarchism, Insanity, and the Birth of the Social Sciences』(『ウィリアム・マッキンリーの暗殺――アナキズム(無政府主義)、狂気、そして、社会科学の誕生』未邦訳)を上梓。暗殺やシークレットサービス、暗殺と社会科学の関係、民主主義などに精通している。アメリカの要人警護システム確立の変遷や、安倍元首相の殺害事件で揺れる日本の警備体制について、フェダーマン准教授に話を聞いた。