育児デマは親に無駄な負担をかける
さらに育児デマは、親の心身の負担を増やします。例えば、赤ちゃんが母乳を飲みたがらない、母乳の分泌量が足りない場合に「お母さんの食事が悪くて母乳がまずいから飲みたがらないんだ」と暴言を吐かれたり、「母乳がよく出るように和の粗食にしなさい」などと強く勧められたという話を聞いたことがありませんか? 本当によく聞く話なのですが、この説には根拠がありません。母親が摂った食事がそのまま母乳になるわけではありませんし、まずい母乳の判定基準は不明です。粗食を食べたら母乳がよく出るということもありません。医療者の中にも、こういう医学的根拠のない「指導」をする人がいるのは問題だと思いますが、母乳がどうやってできるのか、どうしたら分泌量が増えるのかを知らないで言っているのでしょう(※2)。
「特定の食べ物を摂ると母乳の量が増える」という説も同様に、医学的な根拠はありません。日本では古くから餅や鯉を食べると母乳が増えると言われていたようですが迷信です。最近では「ハーブティーを飲むといい」と薬機法違反ギリギリの宣伝をしている会社がありますが、母乳を増やすと認められているハーブはありません。水分を多く摂ることには意味があるので、好きなものを飲みましょう。ただし、カフェインとアルコールは控えめにしてください。
このような医学的根拠のない不正確な情報は、親の子育てを大変にします。ただでさえ育児で大変なのに、なんの意味もない努力をしては徒労ですし、ますますしんどくなるでしょう。追い詰められるお母さんやお父さんもいるかもしれません。それなのに、こうした医学的に根拠のない言い伝えやデマが広まるのは、なぜでしょうか。
※2 プレジデントオンライン「『母乳の質』という言葉が出てきたら、そのサイトの質を疑うべき」(2020年4月2日)
根拠のない説が広まってしまう理由
一つは、育児デマを信じた人がよかれと思って、他の人に伝えるせいでしょう。特にどういうわけか、若いお母さんにはいろいろ教えてあげたくなる人がいるようです。街中で見知らぬ人から「子供には靴下を履かせないとダメ」などと声をかけられた経験のある女性は多いものです。逆に「子供は風の子。冬でも薄着が一番だから、靴下は脱がせなさい。暑いから」と言われることもあります。こうした求めてもいない、また根拠のないアドバイスは迷惑ですね。通りすがりに「母乳?」と挨拶のように声をかける人も実在します。母乳育児をしているかどうかを知ったところで、どうするのでしょうか。もしかしたら、その人の信じる「母乳をたくさん出す方法」を教えたいのかもしれませんが、やはり迷惑ですね。最近はSNSでも、根拠のない育児情報が発信されることもあります。
二つ目は、育児雑誌や育児書、育児サイトなどにおかしな情報が載せられるせいでしょう。例えば、どの時期に、どのような離乳食を与えたらいいかということについても、検証されることなく医学的視点のない「専門家」が監修して記事になっていることがあります。ある育児雑誌には、厚労省や多くの小児科医は勧めない「10倍がゆ」の作り方や食べさせ方などが載っていて大変残念です。同じ育児雑誌では「空間除菌」をうたう商品が勧められていたこともあり、驚愕しました。空間除菌の商品については、製薬会社が宣伝するような効果が認められないため、消費者庁から景品表示法に基づく措置命令が出されています(※3)。
※3 プレジデントオンライン「景表法違反の『クレベリン』も雑貨なら合法…根拠のない『健康に良い商品』の販売を止められない根本原因」(2022年7月1日)