「分業しているけれども分断されてない状態」を保つ

元祖テレビ屋大奮戦!
[著]井原高忠
(文藝春秋)

もちろん怒鳴るだけの「鬼プロデューサー」ではない。戦略ストーリーを動かすためには全員でそのストーリーを共有する必要がある。井原は必ず1時間前にスタジオに入って、まだ誰も来ていない舞台に椅子を出して一人で座り、静かにスタッフを待つのが習慣だった。まずスタジオに入ってくるのは、表舞台に立つタレントではなく、照明さんや大道具さんといった裏方の人々。そういう人とフェイス・トゥー・フェイスでじっくりとコミュニケーションする。自分はこういう番組をつくりたいというイメージを現場に浸透させ、彼らの要望や気づきを細かく拾っていく。

いよいよ番組収録がはじまると、井原は「サブ・コン」と呼ばれる副調整室にこもる。ディレクターはサブ・コンからヘッドホンを通じて特定の人に指示を出したり、必要な場合はサブ・コンから現場に降りて行ってあれこれ指示を出したりするのが普通であった。しかし、井原は特定の人だけに指示を出すかたちをとらず、トークバックを全開にして、自分の言っていることがスタジオ中に流れるようにしていた。ある人に向けて指示を出すときでも、それについてほかの人も知っているようにするため、現場全体に自分の考えていることを徹底的に共有させるためである。

早くスタジオに入れと言われたタレントが、入ってみたら10分もぼーっと待たされているような状況があるとする。「いまVTRの頭出しが遅れています」とか、「あと何分です」という情報がリアルタイムでわかれば、そこにいる全員が自分がなにをすべきかわかる。小道具が、次に草履を揃えなきゃとか、刀を2本用意しとかなきゃ、といった具合に、それぞれの持ち場で判断して自律的に動ける。