戦略ストーリーの構成要素として、井原は「照明」と「踊り」を重視した。つくっている側からすればまずは脚本が大切ということになる。しかし顧客視点に立てば、照明と踊りこそが番組のインパクトを大きく左右する、というのが井原の理屈である。顧客視点で細部にも徹底的にこだわる。
当時は番組の最初にスタッフや出演者の名前がロールで出てくるのが普通だった。これを井原は全廃している。そんなものを長々とやっても、スタッフの名前なんて親戚が見つけて喜ぶぐらいにしかならない。視聴者にとってはどうでもいい。視聴者が観たいのは本編なのだから、さっさとそっちに行こうぜ、というわけである。
井原は自身を「電気絵描き」と定義している。ブラウン管がキャンバスで、カメラが筆で、絵の具にあたるのがタレント、それを使って自分が好きな絵を描く。ここにも彼の戦略家としてのスタンスがみてとれる。「自分が全部丸ごとを動かせる」、この感覚が戦略を構想するリーダーには求められる。戦略家は常に「全体」の「綜合」をする人でなければならない。
戦略の綜合的構想をぶち上げられるリーダーの中には、その戦略ストーリーを現場へと浸透させ、肝心の実行へともっていくフェーズになるとどうもうまくないという人が少なくない。戦略ストーリーを実際に動かしていくという点でも、井原の現場グリップ力は独特かつ強烈だ。
彼はすぐ怒鳴ることで有名で、時間にも異常に厳しい。10時開始で10時に来る人がいると、「帰れ!」と怒鳴りまくった。井原にとって10時開始というのは、10時に集まるのではなく、あくまでも「10時に全力全開で仕事を始められる状態にいる」ということを意味する。みんながスタンバイしているのに一人だけ10時ぴったりにやってくると、「おわびのためにそこで腹をかっさばいて死ね」と怒鳴り、「死ぬのがいやなら、みんなにお金を配れ。お前の出演料を全部だ!」と畳みかける。それで二度とこなくなった人もいたという。