山下佐知子(第一生命女子陸上競技部監督)

山下監督(左)と愛弟子の尾崎好美(右)。3月11日、名古屋ウィメンズマラソンにて。

ロンドン五輪マラソンの代表、尾崎好美選手を指導するのが山下佐知子・第一生命監督である。女子長距離種目では数少ない女性指導者の一人で、自身のマラソン経験を踏まえ、選手の『自律』を大事にする。自己責任を求め、結果にこだわる。

「後悔はしたくない」。尾崎選手が代表に決まったあとの囲み会見で、山下さんは何度も笑顔でそう、口にした。自身の生き方の基本なのだろう。いったん学校の教員となるが、陸上への思いを断ちがたく、教員をやめて実業団の京セラに入社した。

そこで山下さんは浜田安則コーチの指導を受け、マラソンで頭角を現した。山下さんには忘れられない言葉がある。実業団に移った頃、ケガが多くてマラソン選手としては無理じゃないのか、と不安をおぼえたことがある。弱音を吐くと、練習日誌にこう、書かれた。〈そんなことなくして、一流になった人はいません〉と。心に響いた。

自分を信じ、練習に明け暮れた。1991年3月の名古屋国際マラソンで初優勝し、同年8月の世界陸上では銀メダルを獲得する。92年バルセロナ五輪では4位と健闘した。山下さんは言う。「悔いだけは残したくなかった。極論すれば、後悔があると、死ぬ時、一番いやじゃないですか」と。

指導者となっても、自己責任にこだわった。愛弟子の尾崎選手は昨夏の世界選手権で18位と惨敗した。五輪代表選考レースのひとつ、昨年11月の横浜国際では重友梨佐選手(天満屋)に逆転されて2位に終わった。じつはサプリメントの摂取を怠り、貧血で力を出し切れなかったのだ。

山下さんにとって、何より尾崎選手の甘い姿勢がショックだった。「そんな人に指導できない」と怒った。さらに言葉を重ねた。「わたしは指導者だから、絶対あきらめないよ。オリンピックはいきたい大会だから」。

尾崎選手は奮起し、3月の名古屋ウィメンズで好走した。日本人トップの2位に食い込んで、五輪キップを手にした。

山下さんは漏らすのだ。「もし(五輪代表に)選ばれなくても後悔はなかった。名古屋で力を出し切ったというのははっきりしているので」と。

山下さんも尾崎選手もロンドン五輪の目標はまず、「力を出し切ること」である。悔いを残さないために。

(築田純/アフロスポーツ=写真)