仮に、交渉で〈合意〉したことに対して、「我が国の法ではこうなっている」「新しい法律ができた」などといわれてちゃぶ台返しをされたなら、「法律ですか? 事情はわかりました。では、取引しませんし、場合によっては訴えます」と〈BATNA〉というカードを切るわけです。

このとき、日本にとっての〈BATNA〉は提訴だけでなく、その本質は「中国だけがすべてではない」ということです。ほかの東アジアの国々ともビジネスはできるし、インドだってあります。これが日本企業にとっての〈BATNA〉です。

「得体の知れない国」と決めつけるのはもったいない

もちろん、簡単ではないことは十分理解できます。「中国だけが世界じゃない」といっても、ほかの国々はマーケットが成熟していなかったり、規模が小さかったり、インフラが整っていなかったり、政情が不安定だったりと、肝心の〈BATNA〉が魅力的でないことも多いでしょう。

やはり、中国がビジネスの相手として魅力的なことは確かです。

齋藤孝・射手矢好雄『BATNA 交渉のプロだけが知っている「奥の手」の作り方』(プレジデント社)
齋藤孝・射手矢好雄『BATNA 交渉のプロだけが知っている「奥の手」の作り方』(プレジデント社)

しかしだからといって、自分たちの〈利益〉を毀損きそんするわけにはいきません。そこで、どのように〈オプション〉と〈BATNA〉のバランスを取っていくかという視点が重要になります。

例えば、〈BATNA〉を切る前に、交渉において相手の〈利益〉をとことん突いていくということもひとつです。「そちらにとっても当社の技術は重要でしょう?」「その法律には別の解釈ができませんか?」などと伝えながら、うまく〈合意〉に持っていくことも可能です。

「中国は得体が知れない国だ」と頭ごなしに決めつけるのではなく、むしろ積極的に〈BATNA〉をちらつかせながら、あくまで交渉理論に基づいて合理的に進めていく──。

それが、中国企業とのビジネス交渉の王道なのです。

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