入院生活はいつも以上に仕事がはかどった

といっても「闘病記」のようなものは書けません。処置が早く、咳が少し出るぐらいで、辛い思いはほとんどしませんでしたから。レムデシビルを4日間、点滴で投与してもらったせいか、高熱が続くこともなく、8日間で退院することができました。

入院中にやったことは、やはり仕事でした。運良く個室に入れましたので、たまっていたエッセイなどを一気に書き上げ、持って行ったアイデアノートもアイデアでいっぱいになりました。いつも以上に仕事がはかどったぐらいです。

ただ、ひとつだけ困ったのは、まったく匂いがしないこと。風邪とは違い、ちゃんと鼻が通っているのに、まったく匂いがしないのです。そこは差し入れOKの病院でしたから、心配した編集者が「何か差し入れしましょうか」と何度か病院まで足を運んでくれました。

そこで、おいしいうなぎ弁当など、いろいろとリクエストして差し入れてもらったのですが、匂いがしないせいで味もほとんどわからないのです。おかげで4キロほど痩せることができました。

退院後、匂いは1週間で戻りましたが、後遺症なのか頭髪がすっかり薄くなり、地肌が透けて見えるようになってしまいました。まぁ、もう70代なので構いませんが、これが若者や女性だったらショックは大きいでしょう。

ちなみに『会長 島耕作』で、彼が新型コロナにかかる話を描きましたが、あれは僕の実体験ではありません。知人の体験を取材し、描いたものです。あの漫画を読んだいろいろな人から「ほんとにコロナになったんですか?」と聞かれます。コロナになったのは事実ですが、描いたのは実体験ではないという、ややこしい話なのです。

2008年のリーマンショックでは投資で大損した

こういった体験もあり考えたのは、「人生はスムーズにいかない」ということです。1947年生まれの僕は、これまで一度も戦争の経験がありません。1950年の朝鮮戦争や1965年のベトナム戦争はありましたが、それらは間接的な経験であり、「戦争体験」と呼ぶには乏しいものです。

ところが、そのまま大過なく人生を終えるかと思っていたら、2011年に東日本大震災があり、原発事故があり、今回の新型コロナのパンデミックがあり、ついでに言っておくと、2008年のリーマンショックの時には投資で大損もしてしまいました。「平穏無事」は誰もが望むことですが、そんな人生はありません。これも大きな経験のひとつとして、生きていくべきだと思っています。

それにコロナが悪いことばかりだったかと言えばそんなことはありません。パンデミックの歴史を振り返ってみても、コレラの大流行があったから下水道が発達したという側面があります。また、ペストがあったから、宗教に対する人々の猜疑心さいぎしんが増大し、それが宗教改革につながったという説もある。コロナに限らず、悪い面があれば良い面があるのは当然のこと。どんなことにも表面と裏面があります。