アルツハイマーと10年以上つきあう晩年に
もし仮に、新しい脳神経細胞ができて、古い細胞にとってかわったとしても、それは、これまでのデータが書き込まれていないまっさらな脳になってしまいます。
当然、新しい神経細胞に、これまでのデータを書き写す技術が必要となってきますが、いまのところ、そのような技術は実現不可能です。
私たちが「学習」とみなしていることも、脳の中ではタンパク質が変性するなど、なんらかの変化が起こっているはずですので、それらを解明して、再生した新しい脳神経細胞に、これまでのデータを移行することもいずれ可能になるかもしれません。しかしそれは、ずっと先のことになるはずで、少なくとも私たちの生きている間は不可能でしょう。
脳の老化にともなうアルツハイマー病についても、世界で多くの人たちが研究をしていますが、いまだに治療法はわかっていません。
まだ、仮説の段階ですが、脳の中でアミロイドという物質がたまることによって、アルツハイマー病が引き起こされると考えられていて、そのアミロイドの産生、蓄積を止める薬が開発できれば根本的な治療法になるとみられています。
しかし、この治療薬の治験は、20年、30年前から行っていて、動物実験では多少は成功した例もあるようですが、人間にはほとんどうまくいかず、いくつかの会社はすでに研究から撤退しています。つまり、脳の老化を止めるということは、それほど難しいことなのです。ようやくそのような薬がアメリカで認可を受けたという話も出てきましたが、それでもその薬は、かなり高額のものです。
いずれにせよ、医学の進歩が大きな病気を克服し、さまざまな臓器を若返らせたとしても、結局人は、脳から老いていくことを避けることができないのです。
私が高齢者専門の浴風会病院に勤めていたときは、亡くなられた方々の病理解剖の報告に毎週、接していましたが、そのときにわかったのは、85歳以上の方で、アルツハイマー型認知症の変性が脳にない方はいないということでした。
つまり、それくらいの年齢になると、脳は確実に老いていきます。軽重の差はあっても、85歳を過ぎればみな、脳の病理としてはアルツハイマーになっていることが普通なのです。
寿命が今後100歳近くまで延びていくということは、身体のほうはある程度、健康が保たれるようになっていく一方で、脳の健康はそのように保てないというアンバランスを生んでいきます。結果的に、認知症などとつき合いながら過ごす老いの期間が延びていくという晩年をもたらします。
私が医学部を卒業した1985年前後は、アルツハイマーにかかったら5、6年で死ぬ病気とされていましたが、いまでは、10年生きることも普通です。それが今後は、もっと長くなっていくと考えられます。
嫌な言い方をすると、寿命が延びていくこれからの時代は、事故や、まだ解明できていない病気で早死にするか、100歳近くまで長生きをしてボケて亡くなるかのどちらかという時代になってくるはずです。私たちの人生の晩年は、大きく変わろうとしているのです。