寿命が分からないのに無理な繰り下げはリスク大
日本人の平均寿命は、男性81.41歳・女性87.45歳ですが、平均と言われてもピンとこないかもしれません。60歳以降の各年齢での死亡者数を確認してみましょう(図表3)。男性は83歳から87歳あたりが、女性は90歳前後がピークとなっています。
ちなみに、繰り下げ待機をしている人が亡くなった場合、遺族は未支給年金を受け取ることができますが、増額した年金額ではなく、本来の年金額が受け取れるのみです。しかも、時効5年の範囲内での受給となりますので、70歳到達以降に亡くなった場合、時効によって消滅してしまう年金が発生します。また、遺族厚生年金は、繰り下げ前の本来の年金額に基づいて支給されます(遺族厚生年金については後述)。
最大のお得を取りに行こうと思っても、寿命は誰にもわかりません。75歳まで年金なしで暮らせるゆとりのある人ばかりではありません。無理に繰り下げをして貯蓄を取り崩したのでは、老後の暮らしを不安定にしてしまいます。
損得で判断したり誰かと比較するのではなく、年金というツールを最大限に活用して、自分の望む暮らしを作り上げていくという発想に転換したほうが建設的ではないでしょうか。そのためにも、年金生活が近づいてきたときに、できるだけ多くの選択肢を手にしておくことが大切です。そこで提案したいのが、「65歳までは働き切る」戦略です。
60~64歳の半数は半分以下の収入で働いている
「な~んだ。そんなこと」と思うかもしれませんが、これは案外簡単なことではありません。自覚的に戦略をもって「65歳まで働き切る」ことのススメです。
高年齢者雇用安定法(高年齢者等の雇用の安定等に関する法律)は、65歳までの雇用確保を事業者に義務付けています。2025年3月31日までは年齢により対象者を限定できる経過措置が設けられていますが、同年4月以降は希望者全員に対する継続雇用が義務化されます。
しかし、「定年は60歳」という企業がほとんどで、60歳以降は再雇用制度等で対応しているのが実態です。現在、60歳から64歳までの就業率は、男性82.7%・女性60.6%です(※1)が、定年前と同種の仕事に就いている人のうち、同水準の賃金を得ている人は15.5%、5割以下に低下した人は48.7%に上ります(※2)。賃金低下を補塡するための高年齢雇用継続給付がありますが、2025年4月以降生まれの人は給付率が縮小され、いずれは廃止される方向です。
60歳到達時点での体力や健康状態、職種、賃金、家族の状況、資産状況など、一人ひとり前提条件は異なります。その時に備えて、どのような選択肢があるのかを知っておくことは、今から60歳までにやっておくべきことを知ることにもつながります。
※1 総務省「働力調査(基本集計)2021年(令和3年)平均」より
※2 経済産業研究所「定年後の雇用パターンとその評価―継続雇用者に注目して」(2019年1月)