情報が多くなるほど、宣伝しなくても良い物は広まる
「前田さんは『アウェアネス(awareness)=気づき』という言葉を使っていました。偶然手にとったビールが美味しかったら、また買いたくなる。お客様が自分で『あ、これいいビールだな』と、良さに気づくような商品を目指したのです。ハートランドは80年代半ばの商品でしたが、当時すでに情報化社会の到来が叫ばれていました。情報がたくさんある世の中になるほど、宣伝しなくても良い物が広まるだろう。ジンさんはそう考えていたのです」(しりあがり氏)
SNSが発達した今では、「口コミ」の重要性は広く認識されている。また、マーケティング手法としても大いに活用されている。
だが、前田仁は今から40年近く前から、そうした手法を展開していたという。SNSどころか、インターネットすらない時代のことだ。
「自民党とプロレス」が長年人気な理由
「ハートランド」開発の後、しりあがり寿氏は前田仁と、再び新商品の開発に携わる。それが、キリンビールの看板商品「一番搾り」開発プロジェクトだった。
「一番搾り」開発時には、すでにアサヒの「スーパードライ」が発売され、爆発的なヒットを記録していた。
そのため、「スーパードライに対抗する新商品」として、「一番搾り」の開発が始まったのである。
ただ、その「一番搾り」は、実は同じキリンビールの「ラガー」を倒すための商品だったのだという。
「ラガーはキリンビールの看板商品でした。ただ、スーパードライの発売以降は苦しい戦いを強いられていました。そのため、競合することを恐れずに、ラガーのライバル商品を作ろうということになったのです。プロレスとか、あるいは自民党といった、長期にわたって人気を得続けているものは、『内部のライバル関係』を持っています。それと同じく、キリンビールの中に、ライバル関係の商品を作ろうとしたのです」(しりあがり氏)
「ラガー」は広告代理店に博報堂を使い、「一番搾り」は電通を使うなど、内部にライバルを作るという「作戦」は徹底していたという。