家族に意思表示をしておくことが大切

【奥田】先ほど紹介したスウェーデンでは、80歳以上で重症になった高齢者は、回復の見込みがないと判断された場合は、ICUにも入れないそうです。痛みや苦しみをとるだけの尊厳死医療に徹しているわけですが、日本はまだまだ議論が遅れていますね。

コロナ禍の日本では、人工呼吸器が足りなくなったら高齢者より若者を優先することを「医療崩壊」「命の選別」などといって、マスコミが騒いでいましたが、高齢者に後先を考えず人工呼吸器をつけて延命治療すると、逆に余計な苦しみを与えることになる現実を、全くわかっていません。

【中村】医療現場の現実を多くの人が知らんのやろうね。私自身は、自分が80歳過ぎて重症の肺炎になったら、それがコロナであろうとインフルエンザであろうと肺炎球菌が原因であろうと、そこが寿命、天寿やと思って受け入れるつもりできたけどな。

実は、私ら終末期医療に関わった臨床医の多くは、何十年も前から、高齢者が肺炎や心不全などの重体になったときには、家族に延命治療の苦しみをしっかりと説明して、できるだけ人工呼吸器を使うのは避けてきたのにな。

【奥田】そうなんですよ。多くのご家族は、延命治療のメリット、デメリットを丁寧に説明して差し上げると「楽に人間らしく、最期を迎えさせてやって欲しい」と言われますよね。

日本でも高齢者に延命治療を行わずに、自然に看取りを行っている高齢者施設や病院も少しずつ増えているそうですが、まだまだ一般的ではありません。しかもご家族が延命治療を望んだ場合は、90歳近いお年寄りに人工呼吸器を付けざるを得ず、といったことも起こります……。

【中村】家族が延命治療を望んだら、医者も断れないからなぁ。だからこそ、私のように60歳ぐらいからは、家族にしっかりと自分の意思を伝えておいた方がいい。

日本の医療は延命至上主義

【奥田】はい、その通りです。肺炎の際の人工呼吸器だけでなく、認知症や心不全などで老衰になった場合にも、人工栄養は一切いらないと考えている人は、意識がしっかりしているうちに、ご本人が家族にしっかりと伝えておくべきですね。

今の日本の医療現場や医療制度では、家族が望むと中心静脈栄養や経鼻チューブ・胃瘻からの流動食で人工栄養を入れざるを得ません。現場の医師たちの間では、「食べられなくなった高齢患者に、点滴も人工栄養もしないで放っておくのは、餓死させることと同じだ」という考えも根強いですし。

日本の医療は良くも悪くも延命至上主義なのです。また、尊厳死や安楽死の議論が遅れている日本においては、本人や家族の明確な意思がない場合、可能な限り延命治療をしておかないと、万が一、医療訴訟になったときに、医師の側が負ける恐れもあります。

だから本人の意識がクリアでなかったり、認知症であったりする場合は、必ず家族に人工栄養をどうするかを含め、延命治療の実施の判断を委ねられるわけです。

【中村】そう、だからこそ私ははっきりと家族に伝えてるよ。もし口を出してきそうな親族がいたら、そこへも伝えておいた方がいいと思うね。