「性差」よりも、圧倒的に「個人差」

一方で、正直「仕方ないかな」と思うところもあります。というのは、こうした最新の科学的な知見を踏まえた経営はまだ一般的ではなく、これから理解が広がる分野だろうと思うからです。

なぜジェンダーの専門家でもなければ、脳・神経科学の研究者でもない私が、ここまで言うのかというと、私の主な専門領域である「ニューロダイバーシティ」につながるテーマだからです。

ニューロダイバーシティとは、脳や神経の多様性をあらわす言葉です。人の脳や神経の働き方は、男女はもちろんのこと、発達障害か否か、などのカテゴリーで分けられるものではないくらいに多様です。男性か女性か、といった性差よりも、圧倒的に個人差の方が大きいのです。

それだけを聞くと、「ビジネスや経営にどんな関係があるのか?」と思われるかもしれません。しかしこれは、実は非常に大きな意味を持ちます。

例えばひと昔前は、ビジネスで活躍できるエース級人材の「人物像」を描き、その条件に合う人ばかりを採用しようという動きがありました。しかし、あまりうまくいかなかった。いくら優秀だとされる人であっても、まったく同じような人が集まるだけでは、強い組織にはならないからです。

非常に優秀なAさんのところに、Aさんと似た、Bさん、Cさん、Dさんが加わっても、4人の集合知は、Aさん1人のときと大して変わりません。アイデアの幅も、発想の盲点も似てしまうからです。似た人間をどれだけ集めても、集合知は高まらないのです。多様な4人が集まるほうが、集合知は高まります。

同様に、「男性」という型と「女性」という型に人を押し込めてあてはめ、2種類の型が集まったときの集合知よりも、こうした型を取り払い、個々の多様性を活かした状態で集まった方が、各段に集合知は高くなると考えられます。

経営者は「時代は変わっている」というメッセージを

できれば澤田社長のような、影響力のある企業の経営者の方には「均一的な人間理解による標準化の時代から、人の多様性を基準とした個別最適化の時代に移っている」というメッセージを出してほしかったと思います。

産業革命以降の、これまでの時代は、業務の平均化、標準化によって効率化が進みました。ある意味、人の「個性」「個人差」はないものとして「平均人へいきんじん」を描き、そこに合わせて標準化され、効率化された業務を定めて、人間にはその通りのことをするように求めました。それで確かに産業や経済は爆発的に成長しました。

しかし今、社会が大きく変化しているのに、多くの企業も私たちも、なかなかこれまでの成功体験から脱却できていません。